ユーラシアリサーチ 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心に旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ:音楽・映画・番組鑑賞 > 60年前のBillboard

 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週1位のHanky Panky - Tommy James & the Shondellsという曲を、個人的には良く知らなかったのである。実はこの曲は1964年録音で、発売当初はまったく売れなかったが、2年後にピッツバーグのDJが中古レコード店で見つけて放送したところ、地元で爆発的な人気となり、全米ヒットに波及したということだ。今日では、この曲は、後のガレージ・ロック、パンク・ロック、パワーポップへつながる重要作として評価されている由。なお、「hanky-panky」は英語の俗語で「いちゃつく」というニュアンスがあり、歌詞自体は露骨ではないが、当時としては少しきわどい曲だったということだ。

その頃ソ連では
1966年7月30日:FIFAワールドカップ・イングランド大会の決勝。「疑惑のゴール」でイングランドが初優勝を遂げたが、そのゴール判定を下したのはソ連人(民族的にはアゼルバイジャン人)のバフラモフ副審だった。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、折よく、ビートルズの来日公演60周年が話題になっている。60年前のBillboard Hot 100を見ると、Paperback Writer - The Beatlesが1位に君臨している。その時点の日本でも、同曲が最新シングルだったらしく(たぶん)、日本公演ではメンバー自身が、"We'd like to sing now a song which is our new record here in Japan. It's called Paperback Writer."と言ってから同曲を演奏したということである。

その頃ソ連では
1966年7月5~9日:英国のダグラス・ジェイ商務大臣がソ連を訪問。

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 さて、Strangers In The Night - Frank Sinatraが1位に立った週であるわけだが、意外にも米エンタメ界の帝王シナトラにとっては、これが唯一のBillboard Hot 100ナンバーワン曲ということである。Hot 100が創設されたのは1958年であり、それ以前に黄金時代を築いたシナトラにとっては、1位とはあまり縁がなかったわけだ。有名なMy Wayも最高27位に過ぎなかった。

その頃ソ連では
1966年7月5~10日:ベラルーシ共和国でモンゴル文化週間開催される。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 先週に引き続きFunk Brothersものということになるのだが、チャート上はやや下降気味ながら、今週30位の(I’m A) Road Runner - Jr. Walker & The All Starsは個人的なフェイバリットの一つである。このグループでは前年の「ショットガン」の方がより特大のヒットだったものの、個人的好みでは「ロードランナー」に軍配が上がる。Jr. Walker & The All Starsはバンドではあるが、レコーディングにおいてはFunk Brothersが大きく関与し、この曲もバンドとFunk Brothersのハイブリッド演奏だったらしい。この曲の美品オリジナルシングルを入手できたのは、最近あった良いことの一つ。

その頃ソ連では
1966年6月30日:ソ連とフランスが共同宣言、宇宙の平和利用協定、科学技術・経済協力協定に調印。

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19660625a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 個人的な趣味丸出しで恐縮だが、今週9位のCool Jerk - Capitolsは大好物だ。この曲はモータウンのハウスバンドFunk Brothersの闇バイト演奏曲として知られていて、彼らが同じデトロイトにあったマイナーレーベル「カレン」に出向いて演奏をつけたものというのが定説だ。Cool Jerkは、その後より有力な存在のAtlanticによって全国配給され、大ヒットとなった。言うまでもなくJerkというのは当時流行したダンスのスタイル。

その頃ソ連では
1966年6月20日~7月1日:フランスのドゴール大統領がソ連を公式訪問。

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 本シリーズでストーンズを取り上げるのは、久しぶりかな。Paint It, Black - The Rolling Stonesが1位に輝いた。ロックにインド楽器のシタールを取り入れたのはビートルズの「ノルウェーの森」が嚆矢だったが、ストーンズの「黒くぬれ!」はより大胆にシタールをフィーチャーしたダークなサウンドが鮮烈で、サイケデリックロックの先鞭をつけた。

その頃ソ連では
1966年6月8日:モスクワにおいて、エロール卿を団長とするロンドン商工会議所代表団が、ソ連対外貿易相N.パトリチェフと会談。

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19660611a
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 さて、今週13位(画像が潰れていて読みにくいが)のSweet Talkin’ Guy - Chiffonsは、最終的には9位まで上がるヒット曲である。1960年代前半に盛り上がったガールポップものも、この頃にはだいぶ淘汰され、こうしたイノセントな曲はこれ以降ヒットチャートからほぼ姿を消すことになる。Sweet Talkin’ Guyは、乙女ラブソングにモータウン的な強いビートを注入し、それにより最後の輝きを放つことに成功したのだろう。

その頃ソ連では
1966年5月28日:タス通信が中東における帝国主義者の政策に関し声明を発表。

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19660604a
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 さて、米南部の黒人シンガー、パーシー・スレッジの渾身バラード、When A Man Loves A Woman - Percy Sledgeが全米1位を射止めた。当時は黒人音楽もモータウンに代表されるポップで都会的なサウンドが主流になりかけていたところ、この曲は泥臭い演奏に乗せて、「男は恋をすると理性も誇りも失い、彼女が望めば何でもしてしまう」と感情を爆発させる南部バラードだった。なお、曲の作者はスレッジ周辺のバックミュージシャンだったCalvin LewisとAndrew Wrightのコンビとクレジットされているが、スレッジは本人が恋人と別れたショックでクラブ出演中に感情を爆発させ、その場で即興的に歌った歌が元になったと主張しているということである。くだらない話で恐縮だが、以前ニューヨークの公園で遊んでいた時に、大道芸人がWhen A Man Loves A Manという替え歌を歌っていたのも、懐かしい思い出である。

その頃ソ連では
1966年5月7日:ベラルーシ共和国の首都ミンスクで「スポーツ宮殿」のこけら落とし。

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19660528a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週34位のBarefootin' - Robert Parkerは、これからまだまだチャートを上がるのだが、個人的に好きすぎて、もう取り上げてしまう。1960年代半ばのニューオーリンズR&Bを代表するダンス・ナンバーであり、同時に「ガレージ/フラット・パーティー文化」とも結び付いた曲でもあった。ダンス流行歌の系譜に位置し、歌詞も「靴を脱いで踊れ」というだけのシンプルなもの。ロバート・パーカー自身はほぼこの曲だけの一発屋だったが、白人ガレージ・バンドが非常に好んでカバーした曲となり、大学パーティーやローカル・バンドの定番曲になったという。

その頃ソ連では
1966年5月4日:ソ連閣僚会議議長のアレクセイ・コスイギン、イタリアの自動車メーカー「FIAT」と、ソ連における乗用車工場(VAZ)の建設に関する議定書に署名。

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19660521a
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 さて、今週1位に立ったのが、Monday, Monday - Mamas & the Papasである。前作California Dreamin’が売れるのにかなり時間がかかったのに対し、このMonday, Mondayは瞬く間にチャートを駆け上がった。最初からシングルとして作られた曲ではなく、アルバム『If You Can Believe Your Eyes and Ears 』に収録されていた曲だった。California Dreamin’の成功を見て、レーベルのDunhill Recordsは「アルバムからもう1曲シングルを切る」と判断し、そこで選ばれたMonday, Mondayが大成功を収めたという経緯だった。

その頃ソ連では
1966年5月3~10日:英国通商担当国務大臣R・メイソン氏がソ連を訪問。

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19660514a
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 さて、チャートを眺めると、興味深い現象が生じている。Beach Boysのロック史上に残る名作アルバム、Pet Sounds関係の曲が2曲チャートインしているのである。今週3位のSloop John B. - Beach Boysは、もともとはバハマの民謡をブライアン・ウイルソンがアレンジし、録音は1965年夏とかなり早い時期だった。なので、本来はPet Soundsのセッションとは関係なく、ブライアンはこの曲を内省的なアルバムに入れることに反対したようだが、「アルバムにはヒット曲が必要」という会社の声に押されて、収録することにしたらしい。一方、今週36位のCaroline, No - Braian Wilsonは紛れもなくPet Soundsセッションで録音されたが、他の収録曲以上にブライアンの個人色の強い曲となったので、BBではなく個人名義で先行シングルとして発売された。

その頃ソ連では
1966年4月26日:ウズベク共和国のタシケントで大地震発生、街の中心部に甚大な被害。

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19660507a
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 さて、何といっても、Good Lovin’ - Young Rascalsである。デビューシングル:I Ain't Gonna Eat Out My Heart Anymoreは中ヒットだったが、このGood Lovin'で一気にチャートのトップまで上り詰めた。白人グループが黒人R&Bに肉薄するという作風であり、赤黒のAtlanticレーベルから白人グループの作品が出るということ自体、時代の変化を感じさせる。

その頃ソ連では
1966年4月23日:ソ連とチェコスロバキアが文化・科学協力協定に調印。

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19660430a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週2位と大ヒットとなっているBang Bang (My Baby Shot Me Down) - Cherだが、個人的には良く知らない曲だった。子供の頃の遊びを思い出しつつ、大人になって失恋で本当に心を撃ち抜かれるというドラマチックな内容らしく、メロディ的にはヨーロッパ的な雰囲気がある。

その頃ソ連では
1966年4月23日:ソ連とイタリアが経済・科学技術協力協定に調印。

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19660423a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さあ、今週も見逃せない曲がある。I’m So Lonesome I Could Cry - B.J. Thomasは、この名歌手にとって初の本格ヒット。オリジナルではなく、もともとはHank Williams1949年に録音したカントリーバラードだったが、BJトーマス版はかなりアレンジを変えてポップ調にしている。

その頃ソ連では
1966年4月8日:ソ連共産党第23回大会が、ソ連共産党中央委員会幹部会を廃止し、ソ連共産党中央委員会政治局を復活させる。同時に、党中央委員会書記長の職も復活。それまで党中央委員会第一書記であったL.ブレジネフが書記長に就任。

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19660416a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 21位に魅力的な曲がいたので、これを取り上げたい。Magic Town- The Voguesがそれであり、Barry Mann作曲、Cynthia Weil作詞というブリル・ビルディング系の黄金コンビによる曲になる。理想の街(Magic Town)を探すという、当時の若者文化に多いモチーフ。

その頃ソ連では
1966年4月2日:ソ連とシンガポールが通商協定に調印。

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 ロシア・ウクライナ情勢が(ついでに中東情勢も)大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、チャート上は30位とすでに下降気味だが、I Fought The Law - Bobby Fuller Fourに注目してみたい。この曲はもともと1960年にThe Cricketsが出したものだったのだが、実はシングルのB面で、それほど話題にはなっていなかった。これを、バディ・ホリーをリスペクトするBobby Fuller Fourが取り上げてヒットしたことで、その後パンク・ガレージロックのアンセムになり、1979年にはThe Clashも取り上げることになるわけである。

その頃ソ連では
1966年3月24~28日:英国外務担当国務大臣チャルフォント卿がソ連を訪問、A.グロムイコ外相と会談。

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19660402a
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 ロシア・ウクライナ情勢が(ついでに中東情勢も)大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 本シリーズでビートルズを取り上げるのは久々だと思う。何と、超名曲の The Beatles - Nowhere Manは、この週の3位が最高位だった。それだけ、ビートルズ自体がヒットチャートの熱狂からは少し距離を置き、アルバムでの音楽性追求の時代に突入していったということだろう。

その頃ソ連では
1966年3月17日:キューバ共和国における灌漑および土地排水事業のさらなる推進のため、ソ連が技術援助を提供することを定めたソ連・キューバ議定書が調印される。

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19660326a
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 ロシア・ウクライナ情勢が(ついでに中東情勢も)大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週17位にBatman Theme - Markettsがランクインしており、有名なバットマンのメロディーだが、これがオリジナルというわけではないらしい。オリジナルは、同じく1966年のテレビドラマ「バットマン」のテーマ曲で、作曲者は Neal Hefti。録音はスタジオ・ミュージシャン集団 Wrecking Crewによるもので、「Batman!」の掛け声も8人のコーラスによるものだった。ただ、そのリメイクでヒットしたこのMarketts版も、実際にはウェストコーストのスタジオミュージシャンがプレーしており、実質あまり変わらないような気もする。この曲は1966年だけでも、このThe Markettsに加え、The Ventures、Al Hirt、The Standellsと、カバーが相次いだ。

 しかし、考えてみると、「アッコちゃんすきすきすき」もBatman Theme - Markettsを下敷きにしてたんだろうな。

その頃ソ連では
1966年3月7日:ソ連が、国連総会第20回会期で採択された「すべての形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」に署名。

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19660319a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、California Dreamin' - Mamas & The Papasは、今日でこそ60年代ポップの代表曲のように扱われるが、当時のBillboard Hot 100では今週の4位が最高だった。「歴史的評価」と「当時のチャート順位」が一致しない典型例と言えようか。むしろ、当人たちにとりそれほどの自信作でもなかった次作が、No.1ヒットとなるのである。

その頃ソ連では
1966年3月7日:国際連合におけるソ連常駐代表、安全保障理事会議長に対し、ドイツ民主共和国(東ドイツ)の国連加盟申請を支持する書簡を送付。

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19660312a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週1位に躍り出たThe Ballad Of The Green Berets - SSgt. Barry Sadlerは、タイトルは良く目にする気がするが、今までちゃんと聴いたことがなかったので、この機会に聴いてみた。当然のことながら、当時進行していたベトナム戦争を背景とした曲であり、反戦運動が高まっていた時代でありながら、この曲はその中で珍しく軍を肯定的に描いたヒット曲だったということである。グリーンベレー隊員の勇敢さ、任務への忠誠心、家族を守る使命感、戦死した兵士への敬意を、落ち着いた行進曲風のメロディーで歌っている。歌手のBarry Sadlerは実際にグリーンベレー隊員だった現役軍人で、この曲で一躍有名人になったが、その後も愛国的な作品を出したものの、実質的に一発屋で終わったようだ。まあ、そう何度も聴こうとは思えない歌だ。

その頃ソ連では
1966年2月28日:世界で初めて、ソ連海軍の原子力潜水艦部隊が、海面に浮上することなく世界一周航海を行い、1ヵ月半を経てその航海を成功裏に完了した。

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19660305a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週は、米ポップ史上にとっても画期的な曲が1位になった。These Boots Are Made For Walkin’ - Nancy Sinatraである。この曲は、女性の「強さ」を前面に出した先駆的ヒットだったということである。1960年代半ばのポップスでは、女性歌手は恋に悩み、捨てられる立場で描かれることが多かった。しかしこの曲では、「あなたがちゃんとしないなら、私は歩いて去るわ」という、女性が主導権を握る宣言がテーマ。これは当時としてはかなり革新的で、後のフェミニズム的ポップ表現の先駆けと見なされているそうだ。また、ナンシー・シナトラにとっても、デビュー当初は「親(フランク・シナトラ)の七光り」と見られ、ヒットに恵まれなかった。しかし、リー・ヘイゼルウッドのプロデュースで、低音で歌うクールで挑発的なキャラクターへとイメージを刷新し、この曲が彼女の真のデビュー作とも言える存在になったわけである。

その頃ソ連では
1966年2月22日:ソ連とエジプトが議定書を締結し、これに基づきソ連はエジプトのヘルワン製鉄コンビナートの建設に協力していくことになった。

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19660226a
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 さて、まだまだ知らない曲はあるもので、今週1位のLightnin’ Strikes - Lou Christieは個人的に認識していない曲だった。ルー・クリスティというのは1960年代アメリカのポップ界で活躍したイタリア系歌手。彼のキャリアにとっては女性ソングライター Twyla Herbert との出会いが大きく、この曲も両者が共作している。「女性に対して誠実でいようとするが、雷(lightning)のように欲望に襲われてしまう男の葛藤」を描いているそうで、「理性 vs 衝動」というテーマを劇的なアレンジとコーラスで強調しているのが特徴の作品ということである。

その頃ソ連では
1966年2月17日:米国が日本領土をベトナムを攻撃する目的で使用していることに関し、ソ連が日本政府に覚書を伝達。

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19660219a
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 さて、最高3位まで上がり、今週も6位に着けているNo Matter What Shape (Your Stomach’s In) - T-Bonesという曲を知らなかったので、今週はこれを調べてみた。実はこの曲、胃腸薬 Alka-Seltzer のテレビCM用に作られ、CMソングなのに大ヒットしてしまったというパターンだったらしい。だいたい、曲のタイトルからして、「お腹がどんな状態でも大丈夫」である。名義こそ The T-Bonesになっているが、実際の演奏・録音を担ったのはLAの伝説的スタジオミュージシャン集団 The Wrecking Crewだったということだ。

その頃ソ連では
2026年1月24日:ベラルーシ共和国のミンスク冷蔵庫工場が累計10万台生産達成。

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19660212a
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 前作「ダウンタウン」で英国人女性ソロ歌手として史上初の全米No.1ヒットを放ったペトラ・クラークが好調を維持し、My Love - Petula Clarkでも連続1位を達成した。英国人女性歌手の米市場におけるこれほどまでの成功は、後にも先にもほとんど例がない。当時の英国勢の米市場浸透と言えば、ロックバンドが圧倒的に主流だったが、この曲はトニー・ハッチのプロダクションが冴えるエレガントポップとなっている。

その頃ソ連では
1966年2月3日:ソ連の「ルナ9号」が、探査機として初めて月面に着陸。月面のパノラマ写真を初めて地球に送った。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、英国勢やモータウン、ビーチボーイズなど若者音楽が猛威を振るったこの時代、オトナの音楽もちゃんと生きていた。It Was A Very Good Year - Frank Sinatraは、今週の28位が最高位だったか。メガヒットというわけではないが、何十年たっても、心に染み入る歌声だ。

その頃ソ連では
1966年1月2日:ソ連で、原子力発電所の設計を行うための特別設計プロジェクト局が設立される。基盤となったのは、モスクワ支部で原子力発電所関連の業務を行っていた総合設計第1部門(旧・総合設計第7部門)。原子力発電所設計に関する研究所の中核部門としての機能を担い、設計の全段階において原子力発電所の総合設計を行う任務が課せられた。

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19660129a
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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 それにしても、この週の前後のチャートアクションは興味深いもので、サイモン&ガーファンクルが1位に立ち、翌週それをビートルズのWe Can Work It Outが引きずりおろして2週にわたりトップに立ったかと思ったら、今週はまたS&Gが1位に返り咲いた。実は来週はビートルズがまた1位を取り戻すわけで、ビルボード史上に残るデッドヒートだったかもしれない。

 さて、そんな熾烈な上位とは別に、下の方に私のフェイバリットがいたので、今週はこれを取り上げる。ニューオリンズR&Bを語る上で重要な一曲、Get Out Of My Life, Woman - Lee Dorseyが今週68位に着けている。個人的にとにかく好きとしか言いようがない。

その頃ソ連では
1966年1月13日、ソ連・イラン間で、1970~1985年のイランの対ソ天然ガス供給、ソ連の対イラン機械設備供給に関する協定、イランにおける産業およびその他の施設建設の協力に関する協定締結。

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 さて、今週21位のJenny Take A Ride! - Mitch Ryder & The Detroit Wheelsは、これ以降もまだ順位を上げるのだが、大好きな曲なので待ちきれず、もう取り上げてしまう。チャック・ベリーやリトル・リチャードら、ロックンロールの先人たちのフレーズを大胆に縫合し、ソウルフルなシャウトと暴走するビートで押し切るスタイル。Mitch Ryder & The Detroit Wheelsを敬愛するブルース・スプリングスティーンがステージでDetroit Wheelsの曲をメドレーで演ることでも知られる。

その頃ソ連では
1966年1月10日:ソ連のA.コスイギン首相の仲介の下、タシケントで開催されたパキスタンのムハンマド・アユブ・カーン大統領とインドのラヴィンドラ・バチャチャンドラ・シャストリ首相との会談の結果、「タシケント宣言」が調印される。前年の両国間の戦争後の印パ関係正常化が目的。

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 さて、巨大ヒットというわけではないが、楽しい曲がチャートインしてきたので、これを取り上げよう。今週81位のCall Me - Chris Montezがそれである。初期にはティーン向けのロックンロール/ロカビリー系歌手だったクリス・モンテスが、英国勢の侵略を受けてよりポップで洗練されたバラード/ミドルテンポ路線へと転換し、ラテン色と都会的センスをミックスして放った一曲だった。

その頃ソ連では
1966年1月14日:ソ連の宇宙ロケット開発の父、S.コロリョフが逝去。

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 さて、思いっきりベタではあるが、Simon & Garfunkel - The Sounds of Silenceが、S&Gとしてのデビュー曲にして見事に1位に輝いたので、今回はこれを取り上げよう。曲自体は1964年に発表されていたもので、当初は静かな弾き語りだったものに、後からドラムやエレキギターのリズムを重ねた編曲版がヒットした。映画『卒業』の主題歌として使われたことで一気に注目を集め、若者の心情を表現した曲として愛されるようになった。

 そんなわけで、今年の「60年前のBillboard Hot 100」はこれでおしまい。また来年お会いしましょう。

その頃ソ連では
1966年1月1日:ソ連で、前年以降のコスイギン改革を受け、既存の国家委員会を基盤とし、産業部門別の管理機関が復活。17の連邦・共和国合同の産業関連省と11の連邦の産業関連省が設置される。

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 今週1位に輝いたのは、Over And Over - Dave Clark Five。実を言うと、DC5は個人的にこれまでほとんど通ってこなかったグループである。「(ビコーズを例外として)やかましいだけのグループ」みたいな風評があって、ちょっと避けてきた感じなのだ。当シリーズで取り上げることだし、これではいけないと思い、ベストCDを発注したところ。

その頃ソ連では
1965年12月30日:ソ連・エジプトの1966~1970年商品相互供給協定が結ばれる。

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