ユーラシアリサーチ 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心に旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: 学問のすゝめ

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 当ブログで、ゴールデンウィーク読書シリーズをやると言いながら、実は結果的には連休はほとんど本を読めなかった。原稿書き、所属先のウェブサイトリニューアル作業、研究プロジェクト準備と、ずっと普通に働いており、思ったように読書に時間を割けなかったのだ。

 なので、3冊目の今回で最終回ということになってしまうのだが、最後に紹介したいのが、石原孝・伊藤弘毅(著)『インドの野心 人口・経済・外交 ―急成長する「大国」の実像』(朝日新書、2025年)である。例によって紹介文を引用すると、

 14億人超が暮らし、人口世界一となったインド。マイクロソフトやグーグルなど、世界の名だたる企業のトップに名を連ね、20年代後半にはGDPで、米中に次ぐ世界3位になると予測される。上昇志向と加熱する受験、米政財界への浸透、「モテ期」の到来と中国・パキスタンとの衝突……教育・外交・経済・文化的側面から、注目を集める国の“今”に迫る。

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 さて、マヌケな話になるのだが、私はこの本を「間違って」買った。防衛大学に伊藤融教授というインドの経済安全保障に詳しい専門家がいて、ロシアの経済安全保障に注力している私としては、今後コラボなどできたら嬉しいパートナー候補なので、この本を見かけた時に、「あ、伊藤先生が新書を出してる」と思い買っておいたのである。しかし、今般よく見たら、本書の著者の伊藤弘毅さんは朝日新聞の記者であり、伊藤違いだったのだ。なお、本書の主たる著者は石原孝記者であり、伊藤記者はビジネス関係の章だけ執筆する形となっている。

 このように、「勘違い」で入手した本書だったが、もちろん得るところは大きかった。研究テーマを決めてそれを体系的に解明しようとするのが学者の仕事なら、ジャーナリストの場合は雑食的に関心を広げ、興味を持ったらすぐに取材に飛ぶフットワークの軽さがあり、そうやって駐在国理解の解像度を上げていく点が、学者にはない強みである。特に、本書の第3章「競争社会と教育 数学が得意は本当か?」などは、日本ではまったく知られていない実像であろう。


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 GW読書シリーズ。2年ほど前に出たものだけど、個人的にはこのほどようやく読むことのできた、小宮山功一朗・小泉悠『サイバースペースの地政学』 (ハヤカワ新書、2024年)である。例によって紹介文を引用させてもらうと、

「千葉や北海道に、なぜ巨大データセンターが続々建つのか?」
「世界のインターネットは574本の海底ケーブルに依存!?」
「ロシア秘密海中工作部隊の真の狙いとは?」
「日本が守るべきサイバー世界の要衝とは?」
インターネット上に広がる「サイバー空間」とはそもそもいかなるもので、世界はどのように繋がっているのか? その手触りを求めてサイバーセキュリティと軍事のプロが向かった先は、千葉に林立する巨大データセンター、日本サイバー史の重要地点・長崎、人知れず活躍する海底ケーブル船、北の大地のAIデータ拠点、そしてロシアの隣国エストニア。情報インフラと安全保障の要でありながら実態の見えにくいサイバー空間の「可視化」に、気鋭の研究者二人が大胆に挑んだ渾身の現場ルポ。

 読んでみたところ、この本は割と企画色が強く、小宮山さんの方が本来の専門であるサイバー関係の基本的なところを解説し、小泉さんが今日のロシア・ウクライナ戦争にも引き付け軍事面の生々しい動きを論じるという分担になっている。大胆な組み合わせであるが、破綻することなく、上手く補完し合っている。内容的には、事前に想像していたよりも、サイバー関係のハードというか物理的な側面にかなり重点を置いた本であり、データセンター、ケーブルおよびその敷設船などに関する記述が詳しい。

 個人的には、北海道で働いていながら、札幌の自宅と研究室以外の場所にほとんど出没していないという反省があるのだが、それだけに札幌市からほど近い石狩市のデータセンターの様子がレポートされている点が、とりわけ印象的だった。サイバースペースにおける「距離」という問題に関し、これまで考えたことがなかったので、その点の学びが大きかった。


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 普段、「おっ、これは!」と思って本を買っても、すぐには読む時間がなく、「とりあえずツンドク」になりがちである。ゴールデンウィークの季節となったので、この連休中にはなるべく多くの本を本棚からサルベージし、読んでおきたいと思っているわけである。そんなわけでGW読書シリーズと銘打って、実際に読んだ本を紹介していきたい。

 まず、浜由樹子『ネオ・ユーラシア主義:「混迷の大国」ロシアの思想』(河出新書、2025年)を取り上げたい。1年ほど前の本ではあるが、個人的にこのほど読了し重要作と認識したので、紹介させていただく。

 ウクライナ侵攻におけるプーチン・ロシアの思想的根拠として注目を集めた「ネオ・ユーラシア主義」。その見立ては正しいのか。大国の戸惑いを反映する思想の実相を、第一人者が解き明かす。
 「我々は誰なのか」「ロシアとは何なのか」——ソ連崩壊を契機として、ロシアのアイデンティティを問い直す思想潮流「ネオ・ユーラシア主義」が立ち現れた。ロシア・ウクライナ戦争の陰には、プーチンに強い霊感を与えたこのイデオロギーの存在がある……という見立ては正しいのか? ドゥーギンをはじめ、多様な論客が名を連ねる思想の実相とは? 見取り図を第一人者が描出する。

 ところで、この本を読みながら、思い出したことがある。先日NHK-BSで放送されたフランス制作のドキュメンタリー番組「プーチン大統領が狙う“5つの海” -覇権拡大への戦略-」のことである。普段、NHKは良質な番組を届けてくれ、私なども学ぶことが多いが、ことこの「プーチンの5つの海」に関しては感心しなかった。「プーチン政権が長年追い求める“5つの海”構想からロシアの地政学戦略を読み解く。大統領が独自の論理を披露するアーカイブ映像や専門家のインタビューを交えながら黒海・アゾフ海・カスピ海・バルト海・北極海でのロシアの軍事活動や開発計画を解説。プーチン大統領の領土的野心の源は何なのか。ロシアの覇権拡大の意思と目的を解き明かす調査報道」と言うのだが(なお、番組では北極海ではなく白海とされていたはずである)、「5つの海」というありもしないグランドストラテジーを見立て、ロシアに関連して起きた紛争を無理やりそれにこじつけるという内容であった。ロシアがあちこちで問題行動を起こしていることは事実だが、それは往々にして異なる文脈で生じてきた状況への場当たり的な対応の積み重ねであり、何かご立派な経典のようなものがありそれを一貫して実践しているかのようにプーチン・ロシアを捉えたら、ある意味で「買いかぶり過ぎ」であろう。そのような誇大妄想を抱けば、ロシアの実像も見誤るし、我々諸外国の対応も見当違いなものになってしまう。

 本書『ネオ・ユーラシア主義:「混迷の大国」ロシアの思想』も、一脈通じる警鐘を鳴らしている。「アレクサンドル・ドゥーギン氏はプーチンの影のメンターであり、そのネオ・ユーラシア主義がプーチンをウクライナ侵攻へと向かわせた」といった週刊誌・ワイドショー的俗説を退けることに、本書は向けられている。そのために、1920年代の元祖ユーラシア主義から説き起こし、現代のアレクサンドル・ドゥーギン、アレクサンドル・パナーリンらの思想を検証して、プーチン体制との関係を冷静に分析したのが、本書ということになる。

 本書のより詳しい書評は別のところに書くことにしたので、今日のところはこのへんで。


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 昨日の話の続きである。今年度うちの大学院で修士課程に入ってきた皆さんのために、研究と論文執筆の方法を手ほどきする講義を担当していて、学生の皆さんに研究対象地域を学ぶのに有益な基礎的な文献を整理し伝えてあげようという話である。その一環として、ユーラシアブックレット/文庫のことを紹介してあげたいと考えた。実にバラエティ豊かなタイトルが出ているので、学生さんの研究テーマがどんなものでも、関係するものが1、2点くらいはあるのではないか。

 ここで改めておさらいをするなら、「ユーラシアブックレット」は、2000年から2015年まで、「政治・経済・社会・歴史から文化・芸術・スポーツなどにまで及ぶ幅広い分野にわたって、ユーラシア諸国についての信頼できる知識や情報をわかりやすく伝えること」をモットーとして、200号にわたって刊行された。しかし、残念ながら、発行元の東洋書店の倒産により、終止符が打たれた。私の聞いている話では、ユーラシアブックレットは好調だったものの、本業と言うべき医療関係の書籍などの採算が厳しく、経営が行き詰ったようだ。

 ユーラシアブックレットは、なかなか便利なフォーマットだった。我々の業界では、このシリーズで初めて本を出したという人も多かったのではないか。そんなわけで、惜しむ声も多く、結局、NPO法人ユーラシア研究所が、その精神を引き継ぎ、2015年から「ユーラシア文庫」を刊行することになり(発行元は群像社)、現在に至っている。ただし、刊行のペースはだいぶ落ちた印象である。

 それで、学生の皆さんに、ユーラシアブックレットから具体的にどんなタイトルが出ているかを整理して見せてあげたかったのだけど、さすがに東洋書店が倒産してしまったこともあり、一覧表をまとめるのに苦労した。主にこちらの情報に依拠しながら、ユーラシアブックレット全200タイトルの一覧表を作成した。まず、No.1から50までを見てみよう。こうやって見ると、旧ソ連・東欧時代からの重鎮がいらっしゃる一方、今も一線で活躍する研究者のデビュー作的なものも散見され、興味が尽きない。良く見ると、サッカーW杯日韓大会で日本とロシアが激突した年に、大平陽一『ロシア・サッカー物語』があざとく出てたんだなあ。いいなぁ、売れたのかなぁ。

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 次に、No.51から100まで。ここで服部倫卓先生登場。実を言うと、岩下明裕さんが、当時出した本に書ききれなかったこぼれ話をブックレットにしたという話を聞いて、私も『不思議の国ベラルーシ』に書ききれなかった話を『歴史の狭間のベラルーシ』にしたのだった。そんな企画全部受け入れてるから倒産すんだよなどと言っても後の祭り。

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 次に、No.101から105まで。個人的には、蓮見雄『琥珀の都カリーニングラード:ロシア・EU協力の試金石』、嵐田浩吉『オデッサ:黒海に現れたコスモポリス』あたりが思い出深いかな。

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 そして、No.151~200までだが、これで終わってしまった。キリの良い200まで出そうという出版社の心意気だったのか。今をときめく小泉悠さんも、これが処女作? 服部倫卓先生が再び登場し、『ウクライナ・ベラルーシ・モルドバ経済図説』を上梓しているが、その直後に表紙がカラー化され、地団太を踏んだ思い出がある。なお、2011年に出た本なので、印税(ユーラシアブックレットはちゃんと印税があった)は全額被災地に寄付しました。

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 そして、ユーラシア研究所に管轄が移ってからのラインナップが、以下のとおり。今後も本シリーズの末長い発展をお祈りします。

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 今年度うちの大学院で修士課程に入ってきた皆さんのために、研究と論文執筆の方法を手ほどきする講義を担当している。その一環として、学生の皆さんに研究対象地域を学ぶのに有益な基礎的な文献を整理し伝えてあげようということを思い立った。となると、筆頭に挙がるのが、例の明石書店さんから出ている「エリアスタディーズ」、つまり『●を知るための●章』のシリーズであろう。

 そこで、現在までに「エリアスタディーズ」のシリーズで刊行された作品の中から、スラブ・ユーラシア(旧ソ連・東欧)に関係したものを、上表のとおり整理してみた。かなり大変な作業だったので、このブログにも流用する次第である。

 私自身、すでに3冊の編者を務めさせていただき、いま現在ひそかに企画しているものもあったりする。なお、上表はロシア~西NIS~バルト~中東欧~バルカン~モンゴルといった並びになっているが、これはもちろん国の優劣などとは関係なく、私が前の勤務先である貿易会で一覧表を作る時にこんな並びにしていたので、それを何となく踏襲したまでである。最後の4つは、スラブ・ユーラシアそのものの研究ではないが、同地域を学ぶ上で大いに参考になりそうなので、加えておいた。

 「エリアスタディーズ」も、かなりシリーズが進んでいるので、スラブ・ユーラシアでまだ国単位で取り上げられていないのは、モルドバ、ジョージア、キルギス、トルクメニスタン、タジキスタン、ブルガリアとだいぶ少なくなってきた。


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 もう出張からは帰国した(はず)のだけど、出張帰りでバタバタしているところ(のはず)なので、ダメ押しにもう1冊、新刊紹介でしのぐことにする。『地図でスッと頭に入る地経学』(昭文社、2025年)である。先日ご紹介したとおり、私はこれのロシア編にかかわらせていただいたのだけど、「地図でスッと」がシリーズ化されているわけである。地経学は比較的新しい言葉だが、それだけに最近関連書籍が増えてきた気がする。本書の内容は以下のとおり。

 地政学と経済学を融合した「地経学」は、国際関係を理解する新たな視点を提供します。本書では、米中貿易戦争、エネルギー戦略、技術覇権など、経済が国家戦略の武器となる事例を解説。サプライチェーンの変化や経済制裁の影響など、ビジネスにも直結する知識を学べます。市場分析や国際経済の動向を読み解く力を養いたい方に最適な一冊です。複雑な国際情勢を経済の視点からシンプルに理解できる内容となっています。


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 海外出張中もブログが途切れないよう、最近出た本の中から特に気になる(しかしまだ読めてない)本を取り上げるシリーズ。今日は、リー・ネヴィル(著)・村上和久(訳)『ヴィジュアル版 現代の地上戦大全:中東、ウクライナの前線から戦術、将来戦まで』(原書房、2025年)のご紹介。内容は以下のとおり。

21世紀地上戦の全貌から「未来の戦場」まで集大成!
戦争は、時代が変わっても地上戦で決まる
21世紀の地上戦を現在に至るまで詳細に分析、さらに世界の火薬庫――台湾、南シナ海、中東をめぐる「未来の戦場」を予測、ドローンやAIなど最新兵器の情報も満載した集大成!


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 海外出張中もブログが途切れないよう、最近出た本の中から特に気になる(しかしまだ読めてない)本を取り上げるシリーズ。今日は、エドワード・フィッシュマン(著)『チョークポイント アメリカが仕掛ける世界経済戦争の内幕』(日経BP、2025年)のご紹介。ただ、この本はタイトルが誤解を招くかもしれない。チョークポイントと言うと、先日も当ブログで取り上げたように、物流のボトルネックをどうしても意識してしまうが、この本がテーマとしているのは地経学全般である。またアメリカだけでなく、ロシアに関しても詳しい記述が見られる。内容は以下のとおり。

 トランプ関税に代表されるように、米国は自由貿易に背を向け、経済を武器に自国に利益を誘導し始めている。経済面で中国に猛追されているが、米国は巨大な消費市場、インターネットや銀行間決済システム、半導体技術など世界経済の要衝(チョークポイント=相手の経済活動を締め上げ、息の根を止める急所)を押さえており、他国の米国依存を逆手にとって、攻勢を強めている。これに対し、他の大国も自国が強みとするチョークポイントを使って反撃しつつ、他国に依存するチョークポイントをなくそうと競うように動き始めている。今起きているのは、チョークポイントをめぐる世界経済戦争だ。こうした動きは一時的なものではなく、今後も続いていくと見られている。だからこそ、チョークポイントを使った経済戦争の本質をよく理解しておくことが欠かせない。経済兵器は威力も大きいが、それに伴う代償も大きい。乱用すれば、国際社会からの信用を失い孤立するおそれもある。本書は、この経済戦争の時代をいかに読み解き、生き抜くか。その知恵と未来のシナリオを提示する。


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 海外出張中もブログが途切れないよう、最近出た本の中から特に気になる(しかしまだ読めてない)本を取り上げるシリーズ。今日は、出たばかりの、松本祐生子(著)『傷ついた身体と都市:「大祖国戦争」の経験と記憶』(白水社、2026年)のご紹介。内容は以下のとおり。

 「大祖国戦争」と称される第二次大戦時の独ソ戦は、現代ロシアのナショナル・アイデンティティを構成するきわめて大きな要素だ。露宇戦争においても開戦時、プーチン大統領がゼレンスキー政権を「ネオナチ」と名指したのは、その「特別軍事作戦」の正当性を国民の「大祖国戦争」の神話に訴えかけるためであった。「大祖国戦争」の(大文字の)記憶=神話は、戦時からすでに形成されていったものではあるが、しかし、個々人の戦争の経験と記憶は一枚岩のイデオロギーに回収しつくされるものではなく、そもそもそのイデオロギーが形成される過程にもさまざまな政治的・文化的背景があったのは言うまでもない。
 本書は、戦中に870日以上の「包囲」を経験したレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)を主たる舞台とし、この街の労働者の身体、レニングラード防衛博物館、そして都市の祝典をとりあげながら、国家の公的な「歴史」からは取りこぼされてしまう人々の「大祖国戦争」に対する「応答」の痕跡を掬いとる試みである。過去に生きた人々の営為に対して歴史研究は何ができるのか─傷ついた都市と傷ついた住民と、その復興=回復の「歴史」。


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 海外出張中もブログが途切れないよう、最近出た本の中から特に気になる(しかしまだ読めてない)本を取り上げるシリーズ。今日は、土屋大洋(著)『海底の覇権争奪 知られざる海底ケーブルの地政学』(日経BP 日本経済新聞出版、2025年)を取り上げてみることにしよう。内容は以下のとおり。

 19世紀半ば以降の電信と大英帝国、20世紀半ば以降のインターネットと米国――。それぞれの時代の国際政治の覇権国は、電気通信ネットワークの発達に深く関与してきた。その重要インフラストラクチャとして200年近くにわたって君臨しているのが、海底ケーブル。その切断はたびたびニュースとなっている。本書は、地政学の観点から海底ケーブルの現代における意義を解明。さまざまな情報の断片を掛け合わせることで知られざる実態に迫る。


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 昨日から海外出張中であり、旅先ではブログが更新できるか、心許ない。なので、更新が途切れないよう、甚だ簡単な内容ながら、出張期間中の記事をあらかじめ書き溜めて予約しておくことにする。今回は、最近入手した書籍の中で、特に気になっている(しかしまだ読めていない)ものを、1日1冊紹介する。

 まずは、こんな本から始めてみようか。ドミトリー(ディマ)アダムスキー(著)・岡田美保(訳)『ロシアによる「抑止」の技法:戦略文化、 強制、戦争』(芙蓉書房出版、2025年)である。 内容は以下のとおり。

 ロシアは何を抑止し、いかに強制するのか――本書は、その鍵を握る「戦略文化」と「抑止」を正面から解き明かす一冊である。第一章では、戦略文化論と抑止論という二つの分析概念を定義し、研究動向を概観。以後の章で用いる用語と視座を提示し、読者が本書の主張を素早く把握できる設計となっている。
 本書の白眉は、ロシアの「強制」行動の系譜を辿り、その文化的・理念的・歴史的要因を掘り下げることで、ウクライナ戦争の前後を貫く行動の源泉を読み解く点にある。これにより、ロシア的抑止の理論と実践の今後の展開を見通すための思考枠組みが手に入る。
 さらに本書は、核抑止だけでなく、政治エリートから社会・価値観へと広がる「情報抑止」や「あらゆるものの抑止」といった近年の概念を射程に収め、ロシアの「戦略的抑止」を全領域的・ツール横断の発想として捉え直す。戦略環境の不確実性が増す現在、政策・安全保障・国際政治を学ぶ者にとって実務的示唆に富む内容である。
 国際政治・安全保障の基礎を学ぶ大学生から、政策立案に携わる実務家まで。ロシアをめぐる意思決定の「内側」を読み解くための、必携の一冊である。


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 当日のご案内というのもなんですが、今日・明日と、スラブ・ユーラシア研究センター2025冬期国際シンポジウム「Great Power Competition and the Survival of Small and Middle Powers: Perspectives from Eurasia and Beyond」が開催されます。今からでも登録してオンライン視聴が可能のはずですので、よかったらチェックしてみてください。


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 昨日述べたように、ロシア旅行に何冊かの新書を持って行った(そしてそれがアダになった)のだが、その中で恒川惠市『新興国は世界を変えるか ―29ヵ国の経済・民主化・軍事行動』(2023年、中公新書)は以前から大事だとは認識しチラホラ眺めてはいたものの、読破できていない一冊だった。今回、ようやく読むことができた。Amazonに出ていた紹介文は以下のとおり。

 21世紀以降、ますます存在感を強めている「新興国」。特にブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国は「BRICS」と呼ばれ、リーマンショック後の世界不況を立て直す牽引役として期待された。一方、中国は海洋進出を進め、ロシアはウクライナに軍事侵攻を行う。力をつけた新興国は世界にどのような影響を与え、どこへ向かうのか? 本書は29ヵ国を新興国と特定し、経済成長、政治体制、軍事行動を分析する。

 さて、この『新興国は世界を変えるか』には画期的な点がいくつかある。最大の点は、「新興国」に該当する国の基準を示していることである。具体的には、1990~2015年の経済成長率が米国のそれよりも高く、なおかつ2015年段階のGDPの大きさが米国の1%以上であった国というのが、その基準となっている。ただし、ロシアはソ連崩壊後の経済落ち込みが大きかったので前者の基準を満たさず、バングラデシュとベトナムは後者の基準をわずかに満たさないものの、これら3国については事情を考慮し追加されている。

 その結果、「新興国」に該当するのは、本書のサブタイトルにもあるとおり、29ヵ国ということになっている。私の研究対象である旧ソ連・東欧圏では、ポーランド、ロシア、カザフスタンが名を連ねている。逆に言うと、ウクライナは元々の経済・人口規模がソ連第2の存在だったにもかかわらず、独立後の低迷で、「新興国」の仲間入りはできていなかったという結論になる。

 本書で、個人的に「すごい」と思ったのは、タイトルにある『新興国は世界を変えるか』という問いに、著者が真摯に回答を示していることである。普通、「●●は世界を変えるか?」といったタイトルは、風呂敷を大きく広げて見せる時の常套句であり、必ずしもその問題に真面目に答えを示そうとはしないものだろう。こうした壮大な問いに、奇をてらわず、冷静に答えようとする姿勢に、知識人としての誠実さを感じた。


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 Xの方で断片的にボヤいたりしているが、先日のロシア旅行の際に、出入国時に国境で長時間取り調べを受けた。詳しくは改めて綴ってみたいが、事態をこじらせたのは、私が上掲画像のような一連の新書本を携行してたことである。

 今回のロシア渡航は、仕事ではなく夏休みの私的旅行なので、読書をしながら旅をしようと考えた。そこで、手元にはあったが、時間がなくてまだ読めていなかった新書を何冊か選び、旅のお供に連れていったのである。これがまずかった。

 まさか、取調官が、私が所持している日本語の本に注意を向け、その内容にまで文句を言うなどということは、まったくイメージしていなかった。取調官のスマホには、画像から文字認識し即座にロシア語に翻訳するアプリが入っており、私が持って行った新書には『北極海 ―世界争奪戦が始まった』、『ロシアから見える世界 ―なぜプーチンを止められないのか』、『世界を変えたスパイたち ―ソ連崩壊とプーチン報復の真相』、『軍艦進化論 ―ペリー黒船艦隊からウクライナ戦争無人艦隊まで』といった少々機微な内容のものが含まれていたため、まずい事態になった。

 「お前はスパイか?」、「軍需産業のことを調べているのか?」、「この本にはナヴァリヌィやミサイルの写真が載っているではないか!」と責められ、弁明に追われたというわけである。なお、『世界を変えたスパイたち ―ソ連崩壊とプーチン報復の真相』については、同業者についての本であるだけに(?)、興味深そうにしげしげと眺めていた。

 何の気なしに、夏休みの読書の本を適当に選んだつもりが、あだとなった。もっとも、最近私は出張時に、欧米のシンクタンクが発表したロシアの軍需産業に関するレポートを持ち歩くことが多かったので、そんなものが見付かったらもっとまずかったかもしれない。


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 このほど、きわめて興味深い本を読んだ。岩下明裕・竹中英俊『日本政治学出版の舞台裏:編集者竹中英俊の闘い』(花伝社、2025年)という一冊である。

政治学の一時代を築いた、ある出版人の証言
京極純一、升味準之輔、佐々木毅、猪口孝氏ら名だたる政治学者の編集担当であり、時代を画するシリーズ『現代政治学叢書』『講座国際政治』を世に送り出した稀代の編集者。東京大学出版会を基盤に、「知」と「人」と「社会」を結び続けたその編集思想、そして1980年代以降の日本政治学・出版界の苦闘のドラマが語られる。

 要するに、東京大学出版会で政治関係の出版で名物編集者として名をはせた(後年には北海道大学出版の相談役も務めた)竹中英俊さんに、うちのセンターの岩下明裕さんが聞き取りをした内容をまとめた本である。それにより戦後の東大、政治学、学術出版の歴史を浮き彫りにしている。なお、これも名物編集者である国際書院の石井彰社長も対談に登場する。

 竹中さんの仕事で、私個人も非常に思い入れが深いのが、『現代政治学叢書』である。このシリーズが出た当初の私は、経済学者よりも政治学者という自意識の方が強く、その割には体系的な政治学の教育を受けていないという引け目があったので、「この『現代政治学叢書』を全巻読み倒せば、私も立派な政治学者!」という期待感を抱いたのだ。それだけに、当時この叢書の何巻かが発行されず、欠番のままになってしまったことは、私個人にとっても心にぽっかり空いた穴のようになっていた。

 ところが、今回『日本政治学出版の舞台裏』を読んで初めて知ったのだが、シリーズの取りまとめ役であった猪口孝さんは、時間はかかったが、欠番のテーマを差し替えて自分で書き上げるなどして、『現代政治学叢書』を当初予定の巻数どおりに完成させたということであった。昨年悲劇的な訃報が伝えられていただけに、ああ猪口孝さんは本当に立派な仕事をされたのだなと、改めて深い感慨を抱いた。


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 今般、木村幹(著)『国立大学教授のお仕事 ―とある部局長のホンネ』(ちくま新書、2025年)という本を読んだ。Amazonから紹介文を拝借すると、

 時は1993年。若き政治学者・木村幹(27歳)は、愛媛大学法文学部に助手として採用された。「雇用の安定した国立大学に就職し、研究に集中したい」という夢が早々に叶い、これで韓国の政治文化研究に打ち込めると思いきや、国立大学の置かれた状況は刻一刻と悪化していく。神戸大学に移るも、2004年の独立行政法人化により研究費も人員も削減され、予算獲得のための仕事が日々の研究を圧迫する。昇進しても、小さいパイの取り合いで疲弊するばかりだ。還暦間近のとある部局長が見つめた、おかしくも哀しい国立大学の30年。

 実はこの本は、しばらく前に知って興味を持ったのだが、時間がなかったので特に買って読んだりはしていなかった。そうしたところ、同僚の仙石学さんが本書を携えているのを目撃し、話を振ったところ、貸してくれたのである。普段、買った本はいつでも読めると思い放置しがちだが、借りた本は早く返さなければいけないので、一気に読んでみたというわけである。ちなみに、仙石さんは本書の「むすびにかえて」で謝辞を向けられており、一読者というよりは関係者だったようだ。

 さて、この本を読み、深く共感してしまったのは、次のようなくだりだった。「大学に赴任して最初に驚いたのは、誰も仕事の内容について教えてくれないことだった。」

 私自身も、3年ほど前に今の職場に着任して、まったく同じ感想を抱いた。いや、私の場合、かなり歳を食ってから、大学の外の世界から来たということで、周りの人たちはそれなりに気を遣ってくれて、うちの職場としては丁寧に受け入れてくれたようなのだが、それでも組織全体のことや、仕事を具体的にどう進めるかなど、ほとんどまともな説明は受けなかった。なので、私などは、「おそらくこういうことなのかな?」といった想像の積み重ねで、組織の課題や村社会のルールをどうにか理解していった、といったところである。

 したがって、私にとって本書『国立大学教授のお仕事』は、これまで漠然としか認識していなかった国立大学にまつわる様々なことを、明快に説明してくれているという点で、本当に有難い一冊だった。木村さんは、この本はあくまでも自分の狭い範囲内での知見であると断っているが、おそらく私の属す北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターと木村さんの神戸大学大学院国際協力研究所は、研究分野に加え規模感や位置付けなども似通っているように思われ、共通する問題が多いのではないかと思う。

 逆に言うと、私と異なり、国立大学に長く在籍しているような人々にとっては、本書は周知の事柄を描いており、新味があまり多くないかもしれない。私はあくまでも、国立大学では新参者なので、木村さんの話が「なるほど、そうだったのか!」と膝を打つことばかりだったのだろう。

 なので、本書が一番響く読者層は、これから国立大学で職を得たいと思っているような若手研究者かもしれない。また、私学の大学の先生が、国立大学の事情も知りたいと思った時にも、大いに参考になるだろう。もっと言えば、本書の「はじめに」で論じられているように、世間一般には、大学教授という職業のありようがだいぶ偏って理解されているので、大学とは関係のない一般読者が読んでも、新鮮な驚きの連続だろう。


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 HP更新しました。マンスリーエッセイ「30年前の修士論文と再び向き合って」です。よかったらご笑覧ください。


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 このほど北海道大学出版会より、田畑伸一郎(編著)『ロシア北極域経済の変動 ―サハ共和国の資源・環境・社会』(スラブ・ユーラシア叢書17)が刊行されました。「北極域において、資源開発はどのように進められ、それが地元の経済・社会にどのような影響を及ぼしているか。ロシアにおいて北極域開発を進めるサハ共和国を事例に、地域経済・社会・環境への影響を考察する」という内容。田畑先生を中心に推進してきた北極域研究加速プロジェクトArCS2社会経済サブ課題の活動を集大成したものです。

 服部は第5章「ダイヤモンド:制裁で交錯するグローバルとローカル」を執筆しています。¥6,820とややお高いですが(笑)、ご興味があればぜひ手に取っていただければ幸いです。


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 HP更新しました。マンスリーエッセイ「米国での学会に出席して感じた5つの疑問」です。よかったらご笑覧ください。


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 正確に言うと、この本は昨年の暮れに出てすぐに読んだので、実際には冬休みに読んだ本なのだが、当ブログで取り上げそびれていたので、「夏休みに読んだ本シリーズ」の一環として遅ればせながら取り上げる次第である。宇都宮徹壱(著)『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』 (集英社インターナショナル、2023年)である。

 日本を代表するサッカーライターの一人である宇都宮さんは、サッカーの戦術的な側面を掘り下げるよりも、サッカーを取り巻く土着的な背景や歴史などを深掘りし紡いでみせる点が持ち味である。そのために膨大な取材を積み重ね、現場主義を貫く。それは、昨今流行りのウェブメディアにおけるPV至上主義や、Xでの反応を寄せ集めただけの「コタツ記事」の対極を成す。

 そして、本著『異端のチェアマン』では、Jリーグの組織論という新しい領域に挑戦した。以下Amazonの紹介文を引用させていただく。

 開幕から20年を経て、人気低迷と経営悪化の泥沼に陥っていたJリーグ。この最悪の時期にチェアマンを引き受けた村井満は抜本的な改革に取り組むが、そこに差別・ハラスメント問題、度重なる災害、新型コロナ禍が次々追い打ちをかける。とくに新型コロナ禍においてリーグ清算さえ覚悟したという村井が、いかに事態を打開したのか。知られざる危機への対応を、多くの証言と共にドキュメンタリータッチで描き出す。

 本書は、宇都宮さんのこれまでの仕事が結実した一つの集大成であり、組織としてのJリーグ論、リーダーとしての村井満論の、決定版と言える。日本のサッカー史、スポーツ史を振り返ったりする時に、必ず参照しなければならない必読書であり、一般的な企業・組織論としても秀逸である。私も文章を書く人間の一人として、一生に一度はこんな凄い本を書いてみたいと思わされるような充実作だ。

 ただ、褒めてばかりだとつまらないので(笑)、本書を読んで若干引っ掛かった点を3点挙げて、ミニツッコミをしてみたい。

 第1は本としての編集方針に関して。宇都宮さんのアイデンティティの半分は写真家であるはずなのに、なぜか本書に掲載されている写真はごく少ない。人物が大勢登場するので、その人の写真が出ていればイメージが膨らむのに、なぜかそうなっていない。本書で文字のポイントが大きく読みやすいのは好印象だが、私としては文字は一回り小さくてもいいのでもっと写真を入れてほしかった。おそらく、著者本人にも葛藤があったのではないかと推察する。

 第2は、DAZNに関してである。DAZNは2016年、Jリーグと2017年からの10年間、合計2,000億円に及ぶ放映権契約を結んだ。それ以前のスカパー!との契約と比べると確かにビッグディールであり、「巨額契約」ともてはやされた。本書でも、この契約を勝ち取ったことが村井チェアマンの代表的な業績として扱われている。しかし、本書脱稿後に成立した契約ではあるが、我々はもう、「大谷が10年で1,000億円」という数字を知っている。DAZNの「巨額契約」は、言ってみれば、アスリート2人分である。本書の問題点というわけではないが、大谷が10年で1,000億円という数字を知ってしまった以上、Jリーグが10年で2,000億円というのは本当に望みうる最大値なのか、その価値を上げていくためにはどうしたらいいのかというのを、我々は真剣に問い続けなければならない。

 第3は、村井チェアマン退任後のJリーグという組織についてである。宇都宮さんも最近よく、現在の野々村体制のJリーグの対応振りに関し、改善の余地があるという意見を述べられている。また、村井体制を支えた人材たちが、一人また一人とJリーグ本部から去っていると聞く。ここで想起されるのは、宇都宮さんとも親しいカターレ富山の左伴社長が、本当に優れたリーダーというものは、自分なき後の体制も盤石になるようにお膳立てして去るものだというような話を述べていたことである。挑発的な言い方をすれば、自分の退任後に、Jリーグの組織が劣化してしまったとしたのなら、村井前チェアマンは本物の名君ではなかったのではないか? このあたり、ぜひ続編で論じてほしいものである。


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 先日、「夏休みに読んだ本シリーズ」と題し、この夏になぜか米国に関係した本ばかりを読んだという談義をしたが、その番外編。やはり夏休みに読もうと思ってKndleでダウンロードしたのだが、その時は他の本を優先したので後回しとなり、今般ようやく読み終えた本の話である。スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(著)・三浦みどり(訳)『戦争は女の顔をしていない(岩波現代文庫)』がそれである。

 というのも、『戦争は女の顔をしていない』を、これまでなぜか読んだことがなかったのである。アレクシエーヴィチの他の作品はいくつか読んだが、なぜかデビュー作にして代表作のこれを素通りしてきてしまったのだ。最近、うちのセンターで迎え入れた米国の政治学者のO.ニコラエンコさんが戦争・革命における女性の役割という研究をしていて、もちろんウクライナでの戦争もあり、あるいはモルドバでもしかしたらサンドゥ大統領が戦争指導者になってしまうかもしれないとか、戦争と女性というテーマにつき考えさせられることが多く、遅れ馳せながら本作を読んでみたというわけだ。

 それで、読んでみた『戦争は女の顔をしていない』は、正直言うと、かなり私の想像と違っていた。私はタイトルから何となく、女性ならではの博愛的な立場から戦争の悲惨さを訴え、反戦的なメッセージを打ち出しているのではないかと想像していた。

 実際には、本書は反戦の書というわけではない。むろん、戦争の悲惨さは随所で描かれている。しかし、ナチス・ドイツがなだれ込んできて自分たちの街や村で殺戮や破壊を始めたわけで、ソ連の人々には銃をとって戦うしか選択肢がなかった。大祖国戦争はそうした戦いであり、戦争に賛成とか反対とかそういう次元の事柄ではない。私が事前に本書に抱いていたイメージは、いかにも日本人的な甘いものだったと、反省した。

 また、これも日本人の感覚だと、軍への徴集は国の側が(多分に一般市民の意に反して)強制的に行うものだというイメージがあると思うが、本書の筆致からは、大祖国戦争時のソ連では祖国を守るために多くの市民が自発的に軍隊に身を投じた様子が伺える。そして、本書の主人公である独ソ戦に従軍した女性たちも、ほとんどが、居ても立っても居られなくなり、その義務もないのに、あるいな年齢条件も満たしていないのに、自発的に軍に志願したり、極端な場合には勝手に現場に赴いて部隊に加わったりしたのである。

 したがって、戦争そのものや、女性従軍の是非を論じることが、本書の目的ではない。問題は、多分に男性の論理で成り立っている戦争に、女性が参加した場合、やはり不自然な適応を迫られ、それが従軍時だけでなく、その後の人生にも影を落とすことだろう。そして、戦後に彼女らを待ち受けていたのは、いわれのない偏見や中傷だったというのが、とても辛い。『戦争は女の顔をしていない』が描いているのは、そのような矛盾であった。


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 夏休みになぜか米国に関連した本をいくつか読むことになったので、そのネタを使って出張中のブログをしのいでいるわけだが、最後はちょっとこじつけ。Matt Weiland and Sean Wilsey (eds), State by State: A Panoramic Portrait of America という本を紹介したいのだが、これは今回の夏休みに読んだというよりは、しばらく前に購入して、チラホラと眺めている程度なのである。

 この本は、全米50州について、それぞれにゆかりのある作家がエッセイを寄せ、それを1冊にまとめたものである。実を言うと、英語に慣れるために、AmazonのAudibleという朗読版で聴くのに何か良い素材はないかと思って探した時に、目に留まったのがこの作品で、KindleとAudibleを購入した。

 しかし、もっと各州の概要を中立的に紹介してくれるような内容を期待していたのに、蓋を開けてみると、各作家のご当地身の上話のような内容が多く、正直言って期待外れだった。

 まあ、せっかく買ったので、せめて2~3州くらいは、じっくり読んだり聴いたりしてみたいと思い、どこか良い州はないかと物色しているところである。今のところマサチューセッツ州がちょっと使えるかなと感じた程度。というわけで、夏休みに読んだアメリカ本シリーズはこれでお終い。

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 橘玲氏の本は、ノンフィクションも、小説も、だいたい読むようにしている。小説で、必ずと言っていいほど登場人物がむごたらしい死に方をするのは勘弁してほしいが。

 さて、夏休みの読書が、米国論というお題になりつつあるなと感じ、米シリコンバレーの天才富豪たちに焦点を充てたこの本の存在を思い出し、Kindleで買って読んでみた。しかし、米国の国家性、地域性とはほとんど関係がなく、あくまでも「テクノ・リバタリアン」という人種についての考察であり、その彼らが米シリコンバレーという場に引き寄せられているだけであって、夏休み読書の統一テーマからは少々外れてしまった。

 Amazonから本書の紹介文をコピーさせていただくと、以下のとおり。

 アメリカのIT企業家の資産総額は上位10数名だけで1兆ドルを超え、日本のGDPの25%にも達する。いまや国家に匹敵する莫大な富と強力なテクノロジーを独占する彼らは、「究極の自由」が約束された社会――既存の国家も民主主義も超越した、数学的に正しい統治――の実現を待ち望んでいる。いわば「ハイテク自由至上主義」と呼べる哲学を信奉する彼らによって、今後の世界がどう変わりうるのか?

 ハイテク分野で活躍する天才には、極端にシステム化された知能をもつ「ハイパー・システマイザー」が多い。彼らはきわめて高い数学的・論理的能力に恵まれているが、認知的共感力に乏しい。それゆえ、幼少時代に周囲になじめず、世界を敵対的なものだと捉えるようになってしまう。イノベーションで驚異的な能力を発揮する一方、他者への痛みを理解しない。テスラのイーロン・マスク、ペイパルの創業者のピーター・ティールなどはその代表格といえる。社会とのアイデンティティ融合ができない彼らは、「テクノ・リバタリアニズム」を信奉するようになる。自由原理主義(リバタリアニズム)を、シリコンバレーで勃興するハイテクによって実現しようという思想である。

 それで、個人的に興味深いと思ったのは、本書の以下のくだりである。

 ハイパー・スステマイザーは、他者との共感をうまく構築できないのだから、アイデンティティ融合が難しい。……この現象は当事者のあいだで、「高知能の呪い」と呼ばれている。なぜ周囲のひとたちが、野球やサッカー、アメリカンフットボール(あるいはアイドル)などに熱狂するのかわからず、デートをしても相手と話がまったく合わないのなら、人生を楽しむことができるだろうか。

 確かに、米国のIT長者がスポーツチームを買収したという話は、あまり聞いたことがない。ただ、それで思ったのだが、日本の場合にはむしろ、IT長者がスポーツチームを買収したりするケースが、非常に多い。これが意味するのは、シリコンバレーのそれと違って、日本のIT長者は、特異な天才としてのハイパー・スステマイザーではないのだろう。日本の成功者は、真にイノベーションを切り開いていているというよりも、外国で開発されたIT技術を、日本の社会・経済に上手く落とし込んで儲けた人々なのだろう。それに加えて、日本の場合、特にサッカーチームは、買収するにも「冗談のように安い」という要因もあるかもしれない。


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 夏休みに読んだ本シリーズ、それもなぜか米国ものの本ばかりだが、今回は、しばらく前に買いながら時間がなくて読めなかった大島隆(著)『「断絶」のアメリカ、その境界線に住む ペンシルベニア州ヨークからの報告』(2022年、朝日新聞社)。

 2020年大統領選で注目された激戦区ペンシルべニア州の小さな町ヨークに住み始めた記者。そこで目にしたのは、お互いに交わらない人々──黒人と白人、貧富、共和党と民主党、都市と郊外。「分断」から「分離」へと深刻化したアメリカ社会の亀裂の理由を探る。

 という内容である。この本、もっと大衆受けしそうなどぎついタイトルをつけてもよさそうなところ、割と説明的なタイトルになっており、私などはそれに惹かれて興味を持った。

 本書のタイトルにある「その境界線に住む」というのは、比喩的な意味ではなく、著者がペンシルベニア州ヨーク市で低所得層・マイノリティが集中するインナーシティに住みつつ、その向こう側はもう高所得層のエリアで、実際に著者自ら断絶の境界線に住んでみたという、文字通りの意味である。

 日本の外交官にしても、大企業の駐在員にしても、そして大手マスコミの特派員にしても、治安に配慮して、一定水準以上の住宅に住むのが当たり前である。スラムのような家を選んだら、お咎めがあるのではないか。そうした中、著者の大島氏が、決して治安の良くないヨーク市内のタウンハウス(日本で言うと風呂・トイレ共同木造アパートみたいなところ)に居を構え、米社会に密着した取材活動を試みたという点に、まず敬服する。

 本書の取材時期は、2020年から2022年5月くらいまでとなっており、コロナ禍と重なるとともに、トランプがバイデンに敗れた前回の大統領選の時期を含んでいる。どんな土地であっても、定点観測には意味があると思うが、ペンシルベニア州は選挙の激戦区であり、その中でも一つの典型例であるヨークに居を構えて粘り強く取材した成果が、本書に結実している。すでに取り上げた『ヒルビリー・エレジー』以上に、トランプ現象を読み解く上での必読書と言えそうだ。


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 夏休みに読んだ本シリーズ。今年の米大統領選で、トランプと組み、共和党の副大統領候補として選挙戦を戦うことになったJ.D.ヴァンス氏。その半生を綴ったのが、本書『ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~』である。

 このヴァンス自伝は本国でベストセラーになったが、トランプが勝利した2016年大統領選との関連で注目を集めたことは間違いないだろう。トランプが強固な支持を獲得したのは、斜陽化する重工業地帯「ラストベルト」であって、ヴァンスの自伝はその中でも絶望度の高いアパラチア地方の物語である。

 ただ、今回読んでみて、『ヒルビリー・エレジー』をトランプ現象解明の解説書みたいに使おうとしても、無理があるかなと感じた。ヴァンスは、自らの境遇であるアパラチアの環境を自分なりに解明しようと考察を試みてはいるが、社会科学的な分析ではなく、あくまでも自伝である。ヴァンス自身の人間関係、直面した薬物や暴力の問題など、具体的であるがゆえに真に迫ってはくるが、正直言うと、一人の人間の人生をここまで克明に知りたいとは思わない。ヴァンスが副大統領候補になったということで、日本の大型書店でも本書が平積みで売られたりしているが、日本人が読むのには冗長すぎるなというのが、個人的な偽らざる感想である。

 本書から判断すると、ラストベルトの問題と、アパラチア地方の「ヒルビリー」の問題は、重なり合う部分は大きいにしても、イコールではないように思われる。ヒルビリー現象は、単に構造不況の問題ではあるまい。構造不況に、独特の住民気質が重なり、貧困の沼から抜け出せない現象のように思えた。そうした中で、ヴァンスは良きメンターに恵まれ、並外れた努力をした結果、沼から抜け出たのである。ヴァンスは、心がけ次第でチャンスはあると主張しているが、読んでみた偽らざる感想としては、沼からの脱出は奇跡に近いように思えた。

 トランプは、ラストベルト、つまり構造不況製造業の代表者としてヴァンスをパートナーに抜擢したような捉え方があった。しかし、本書を読んだ限り、ヴァンスはラストベルトの利益代表者というよりは、その一類型であるアパラチア現象を克服した人物のように思える。甘言を用いラストベルトで票を稼ぐトランプと、ヒルビリーの呪縛から解き放たれたヴァンスの組み合わせは、控え目に言っても「変」だなと感じた。


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 何かと忙しく、普段、読書をする時間がない。自分の研究に直接関係する文献に目を通すことはあるが、それは楽しんだり視野を広げたりするための読書とは似て非なるものである。そこで、8月中旬にとった夏季休暇では、読書に重点的に励もうと考えた。他方、今回のロンドン出張中、旅先ではブログを書く余裕があるとは限らないので、夏休みに読んだ本の感想を書き溜めておいて、ロンドン出張中のブログネタにしようと考えた。今日からそれをお届けするが、今回読んだ本は、くしくもすべて米国論となっている。

 まず、堀越豊裕(著)『日航機123便墜落 最後の証言』(2018年、平凡社新書)から。新刊ではないのだが、墜落事故の起きた記念日の8月12日頃に、Xで「これは決定的な名著で読むべき」といったポストを目にし、読んでみるかと思い立ったものだった。

 私にとって日航機墜落事故は、青春時代の記憶と重なっている。大学2年の時、静岡に帰省して、焼津の花火大会に出かけた。確かそれが、墜落事故の当日か、あるいは前日だったのではないかと思うのだ。他方、本書に示された上掲地図に見るとおり、日航機は焼津上空で進路を内陸に変え、惨劇へと進んでいった。なので、「自分が見たあの空に、もしかしたら墜落した日航機がいたのではないか」という気がして、それが同機に搭乗していた坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」のイメージとも重なり、自分の中で一つながりのものとして定着してしまっているのだ。ただ、事故が起きたその日に花火大会があったのなら、伝説として語り継がれそうだが、(昔のことなのでネット検索しても事実関係が確認しにくいとはいえ)そういう情報が見当たらないところを見ると、花火大会は事故の前日だったのかもしれない。とにかく私の中ではそういうワンセットのイメージとして出来上がってしまっているのである。

 さて、本書『日航機123便墜落 最後の証言』が、なぜ米国論になるのかというと、米運輸安全委員会、ボーイング社の幹部といった米国側の関係者への聞き取り取材が、本書の中核を成しているからである。それによって、事故の真相に迫るとともに、航空事故をめぐる日米の文化差を浮き彫りにしている点が、本書のハイライトである。なお、タイトルに「最後の証言」とあるのは、米国側の関係者も物故したりだいぶ高齢になったりして、今回著者が試みた取材がおそらく最後のチャンスだったという意味である。

 さて、日航機墜落の原因に関し、定説となっているのは圧力隔壁の破損であり、それを引き起こしたのは米ボーイング社の修理ミスだったというものであり、著者もそれを受け入れている。こうした場合、日本であればボーイングが記者会見をして平謝りに頭を下げ、マスコミや世間は大バッシングを浴びせ、当事者は酷い場合には自殺に追い込まれたりする。しかし、米国での反応はまったく異なるというのが、本書を読んで私が最も強く印象付けられた点だった。

 日本では、結果的に多数の死者を出したのだから、ボーイングやその修理担当者は業務上過失致死に問う流れになるだろう。それに対し、米国では悪意、犯意がない限り、罪には問われない。むしろ、悪意のない過失は積極的に免責し、その代わり起きた問題をすべて明らかにして、今後の事故防止に繋げようというのが、米航空業界の常識なのだという。この文化差が原因で、日航機墜落事件でも、日米間の齟齬が生じたようだ。

 著者が米国流の責任の取り方に共感しているのは、文面から伝わってくる。ただ、それでは航空産業における責任追及に関し、日本は米国流を取り入れるべきと著者が主張しているかというと、必ずしもそうではないという点が興味深かった。

 そんなわけで、ふとしたきっかけで読んでみた本であったが、確かに新書ながら決定版と言える手応えの一冊であった。


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 ロシア・ウクライナ戦争勃発後、我が国で刊行された関連本の中で、最大の話題作と言っていいのが、松里公孝著『ウクライナ動乱:ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書1739, 2023年, 512 ページ)ではないでしょうか。このほど私がその書評を執筆し、最新の『ロシア・東欧研究』に掲載されました。こちらから無料で閲覧可能ですので、よかったらどうぞ。


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 HP更新しました。マンスリーエッセイ「帯にまつわるエトセトラ」です。よかったらご笑覧ください。


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 ロシア入国を禁止されてしまった中村逸郎先生へのお見舞い企画として、私が過去に書いた先生の著作の書評を再録するシリーズ。3回目の本日で最終回となるが、『シベリア最深紀行 ―知られざる大地への七つの旅』(岩波書店、2016年)を取り上げる。

 現代ロシアについて独創的な切り口から多くの研究を発表している中村逸郎氏の最新刊。テーマはシベリアだが、私の理解するところ、本書も一種のロシア論だと思う。つまり、ロシアを論ずるにあたって、そのメインストリームではなく、地理的な辺境、非ロシア人、非正教徒、正教徒の中でも異端派などにあえてフォーカスすることによって、いわばそこから逆照射するような形でロシアというものの本質を浮かび上がらそうとしているように、私には思える。ロシアのことをこれから知りたいという初学者が、まず本書を手に取ったら戸惑うことになるだろうが、一定以上のロシアの知識のある方が、より深くロシアを理解しようと思ったら、本書から得られるところはきわめて大であろう。

 と、若干お堅いことを申し上げてしまったが、単純に旅行記として読んでも、本書はとても面白い。私もロシア研究者の端くれなので、できることなら80以上あるロシアの地域をすべて訪問してみたいという夢があるが、実現は至難の業である。中でもシベリアの奥地にあるような諸地域を訪問するのは、まず無理だろうと諦めている。その点、本書におけるヤマロ・ネネツ自治管区、トゥヴァ共和国、ザバイカル地方などの訪問記は、非常に貴重だ。しかも、私は普段ロシアの地方を訪れる時、州都と、せいぜい州の第2の都市くらいの訪問で済ませてしまうことが多いが、著者は都市というよりも、シベリアの村に分け入っていく。とりわけ、タイガの奥地に潜む古儀式派の村を訪問するくだりには、鬼気迫るものがあった。

 本書の中でとりわけ白眉と言えるのが、トゥヴァ共和国訪問の記録だろう。驚くようなエピソードのてんこ盛りであり、本当に逆立ちして世界を見たような変な気分になる。実はこの最貧共和国の幸福度がロシアで一番高いというのにも驚いたが、我々経済関係者が注目しているトゥヴァの鉄道建設に関しては、地元民は必ずしも歓迎していないという。トゥヴァ共和国の医療施設には常勤のシャーマンがいるそうで、医療行為に加えて祈祷や生活相談も施されているというから、驚きだ。ただ、著者が実際にシャーマンの治療を受けてみたところ、何とも人間臭いやり取りも。トゥヴァではシャーマニズムと仏教が奇妙な形で共存しているそうで、ロシア人が推し進めるロシア正教とも相まって、一筋縄では行かない宗教模様となっている。

 複数の宗教が奇妙に共存しているのは、ザバイカル地方も同じであり、チタはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の共存ゆえ「第2のエルサレム」とも称されているのだそうだ。ところが、ここにはチベット仏教も根を張っており、実はロシア正教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒が自らにとっての「2つ目の宗教」として仏教を受け入れるケースが多いのだそうだ。大学生が選択する「第二外国語」というのはよく聞くが、「第二宗教」などというのは、個人的にも初耳だ。

 私自身は、現代文明にどっぷり浸かった人間であり、本書の著者のようにシベリアの道なき道を進んだりするのは無理だし、辺境の民と同じ目線で対話をしたりすることはできない。本当に、本書によって得がたい疑似体験をさせてもらった。


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 ロシア入国を禁止されてしまった中村逸郎先生へのお見舞い企画として、私が過去に書いた先生の著作の書評を再録するシリーズ。2回目の本日は、『虚栄の帝国ロシア ―闇に消える「黒い」外国人たち』(岩波書店、2007年)を取り上げる。

 最近ロシアで外国人労働者を見かけることが本当に多くなった。そうしたなか、周辺諸国からロシアに押し寄せる出稼ぎ労働者に焦点を充て、この問題を通じて「内なる帝国」としてのプーチンのロシアに迫ろうとしているのが、本書『虚栄の帝国ロシア』である。

 一体ロシアにはどれくらいの数の外国人労働者がいて、民族別の内訳はどうなっているのか? こうした点について、信頼できる情報はなかなか得られない。それもそのはずで、ロシアで働いている外国人の9割以上は不法就労者だという。本書では、まず第1章において、現地の報道などにもとづき、この問題を定量的に整理し、全体像を描くことを試みており、有益である。

 だが、本書の真骨頂は、現地での徹底したフィールドワークにある。著者は、「黒い労働者」、すなわち中央アジアやコーカサスをはじめとする旧ソ連諸国からロシアに仕事を求めてやってくる出稼ぎ労働者たちに密着し、その実態を明らかにしていく。それのみならず、「黒い労働者」を使用する側のロシア人にも長期取材を試み、その本音とからくりをあぶり出しているのだ。いつものことながら、著者の独自の着眼点と、それをとことんまで突き詰める仕事振りには、敬服せざるをえない。

 このように徹底した取材・調査の結果浮かび上がる外国人労働者の実態、ロシア社会の病理は、実にショッキングである。と同時に、タジク人と、キルギス人と、モルドバ人で、誰が一番働き者かといった興味深い話題もちりばめられており、教えられるところが多い。

 そして、こうした研究結果にもとづき著者は、プーチン政権が「旧ソ連構成国のなかで、いわばロシアを突出させ、そこに周辺国の労働力を吸収しようと」しており、「そのような政策をとおして、ロシアの旧ソ連圏にたいする支配力を確立することをめざし」ていると主張する。「プーチン政権はロシア国内において周辺民族を収奪する内なる帝国を打ち立てようとしている」と結論付けている。

 ただ、評者は個人的に、この主張は刮目に値するものの、やや一面的ではないかと感じた。私見によれば、人口減・労働力不足に直面しているロシアに、石油ブームが到来したら、誰が大統領でどんな政策をとろうとも、周辺の貧困国から出稼ぎ労働者が集まるのは必然である。結果的に「内なる帝国」を思わせるような構図が生じているのはそのとおりだし、現実に起きている人権問題は看過できないが、その原因をもっぱらプーチンの政策に帰することには慎重であるべきではないか。

 このように、個人的には若干引っかるところもあったが、迫真のルポルタージュとしての本書の価値は、いささかも減じるものではない。秀逸なロシア論、そしてNIS諸国論として、ぜひ一読をお勧めする。


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