ユーラシアリサーチ 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心に旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: 紋章

Coat_of_arms_of_Iskitim

 ロシア旅行中もブログ更新が途切れないよう、滞在する土地の紋章に関する記事を書き溜めておく「旅の紋章」シリーズも、最終回となった。最後も、やはり今回滞在したわけではないが、せっかくノヴォシビルスク州に来たので、州第3の都市であるイスキティムを取り上げる。しかし、人口はわずか5万あまりで、正直個人的にも認識にない街だった。

 そのイスキティムの市章が、上掲のようなもの。緑の背景の上に、波打つような青空の先端を銀で細く縁取られた部分があり、その上に、前足で銀の鏝を握る2匹の向かい合った金のビーバーが描かれている。(上掲画像では省略されているが、大紋章では)「都市を築く者」という標語が、赤色のリボンに金色の文字で刻まれている。


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Coat_of_Arms_of_Berdsk_(Novosibirsk_oblast)

 ノヴォシビルスク州というのは人口分布がかなり偏っており、州都のノヴォシビルスク市が人口164万という巨大都市であるのに対し、それ以外にこれといった大都市はなく、州全体の人口も279万人とわりと平凡である。

 そんな中で、州第2の都市がどこか?と言うと、それがベルツクという街であり、今回の旅行で立ち寄るわけではないが、ブログの記事稼ぎのためにこれも取り上げておこう。その市章が上掲のようなもので、緑と銀の盾で、その上に広い青色の波状の帯が施されており、上部は銀で縁取られ、もう一つのより狭い青色の波状の帯と接続されている。この帯は銀の背景に配置されている。下部に黒い柵および銀色の閉じた門を備えた二階建ての塔が配置されている。シベリアのシンボルとして伝統的な緑と白の色を使用。緑色は、タイガ、希望、豊穣、健康、自由を象徴。白色は、雪、清らかさ、忠誠、知恵の象徴。広い波状の帯はオビ川を、狭い帯はベルド川を象徴し、これらの川が合流する地点に1716年に砦が建設された。要塞の図像も紋章に描かれており、これらは「歴史的継承、住民が代々受け継ぐ伝統、文化、風習への尊重と保存」を強調している。


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Coat_of_Arms_of_Novosibirsk.svg

 昨日のノヴォシビルスク州の紋章に続き、本日はノヴォシビルスク市の市章を。

 それが上掲のようなものであり、青色の帯に銀色の波模様は、オビ川を象徴している。黒と銀の細い帯は、シベリア横断鉄道を表している。帯と帯の交差する部分に、川を渡る橋の図(金の半円)が配置されており、都市の成立と発展の基盤となった構造物である。王冠の歯の数は、ノヴォシビルスクの州都としての地位を象徴している。クロテン、弓、矢はシベリアの歴史的紋章の要素。リボンはノヴォシビルスク市の旗の縞模様を再現している。白と緑の配色は、シベリアにおいて長い歴史的伝統を有する。緑色は、健康と自然の豊かさを象徴。白色(銀)は、清らかな心と、長期間にわたって都市を覆う雪を象徴している。


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Coat_of_arms_of_Novosibirsk_oblast.svg

 旅もだいぶ大詰めであり、順調に行けば、9月8日にノヴォシビルスク州の州都、ノヴォシビルスク市に辿り着くはずである。以前も来たことがあり、今回どうしても訪ねたかったわけではないが、帰国ルートとしてここを通ると帰りやすいので、一泊することにした次第。

 まずはノヴォシビルスク州の方の紋章。そのデザインは、銀色(白色)の背景に、青色の縦帯が配置され、その上に互いに向き合った2匹のクロテンが、赤色の舌を出し、 銀色(白色)の耳の内側、鼻、喉、爪を持ち、前足で金色のパンと塩入れを支えている。その先端には黒い糸状の帯が付き、柱の部分で色を銀色(白色)に変えている。


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Ceremonial_Coat_of_Arms_of_Barnaul.svg

 昨日のアルタイ地方に続き、今回滞在するその中心都市、バルナウルの市章を取り上げる。

 そのデザインは、青色の背景に、銀色の岩石の間で、緑の地面の上に銀色の煙を上げる溶解炉が立っており、その両側には赤色の炉が配置され、内部に金の炎が燃えてる。盾は5つの歯を持つ金色の塔冠で冠され、冠の輪には金色の月桂樹の冠が施され、10月革命勲章の帯で囲まれている。緑の地面に草の束が生い茂る中、銀色の馬が立って盾を支えており、両方の蹄は金色である。


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Coat_of_Arms_of_Altai_Krai.svg

 順調に行けば、私は9月6日にアルタイ地方のバルナウル市に到着するはずである。そこで、まずはアルタイ地方の紋章。

 そのデザインは、盾が水平の帯で2つの等しい部分に分けられている。盾の上部には、偉大さを象徴する青色の背景に、アルタイ地方の歴史的な過去を反映した18世紀の煙を吐く高炉が描かれている。盾の下部には、尊厳、勇気、そして勇気を象徴する赤の背景に、国立エルミタージュ美術館に所蔵されているコリャヴァン「女王の壺」(緑色が優勢なジャスパー)が描かれている。盾は、アルタイ地方の主要産業である農業を象徴する金の小麦の穂の冠で囲まれており、その冠はラゾレフ色のリボンで結ばれている。


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Coat_of_Arms_of_Khanty-Mansiysk.svg

 昨日申し上げたとおり、今回滞在するスルグトはハンティ・マンシ自治管区の行政上の中心都市ではなく、ハンティマンシースクというところが行政中心である。今回私はハンティマンシースクには行かないのだが、その紋章も取り上げておく。

 同市の市章のデザインは、青色の背景に、金色のベザントが配置され、その上部に9つのゴントが3つずつ星形に重ねられ、ベザントの上部には緑色の先端が配置され、中央から松の木が伸び、両側には同じ色の三角形が、間接的な側面が離れて配置されている。先端は上方に飛ぶ銀のツルで縁取られ、三角形の両側には黒色の縁取りが細く施されており、これは石油を象徴している(と、説明書きにはあるのだが、どの部分のことなのかが良く分からない)。


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Coat_of_Arms_of_Surgut.svg

 昨日はハンティ・マンシ自治管区の紋章を取り上げたが、本日は滞在する都市であるスルグトの市章を。なお、スルグトは自治管区の主要都市ではあるが、行政上の中心都市ではない。

 スルグトの紋章は、キツネを描いている。元々は雪の結晶や石油の井戸も描かれていたが、2003年に今のデザインに落ち着いたようだ。


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Coat_of_arms_of_Yugra_(Khanty-Mansia).svg

 順調に行けば私は、9月3日にチュメニ州ハンティ・マンシ自治管区のスルグト市に到着するはずである。チュメニ州本体には行ったことがあるが、ハンティ・マンシ自治管区は初めてだ。そこで、自治管区の紋章をお目にかける。

 紋章のデザインは、青と緑の分割された背景に、銀色の鳥「カトゥフプ・ヴォイ」が描かれている。この鳥は、長い首に鷲のような頭が2つ、4本の足、そして頭と首の間に孔雀の尾のような尾が描き込まれており、背景の色と調和するように広く切り取られている。盾は、7つの歯が見える金の土地の冠で飾られ、中央の歯は炎で終わっており、輪に民族の文様の帯が巻かれています。盾を支えるのは、黒い目と鼻を持つ2頭の熊で、自治管区の旗を掲げた2本の金色の旗竿を支えている。その基部は緑の松の枝と緑の松ぼっくりで構成されている。「行いによって偉大なる」という標語が、ラゾレフの帯に銀の文字で刻まれている。


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Ulan-Ude_COA_(2005)

 順調に行けば、昨晩、ブリヤート共和国のウランウデに到着したはずである。昨日は共和国の紋章を取り上げたが、本日はその首都、ウランウデ市の市章を。

 紋章のデザインは、金色の背景に、傾いた緑色の豊穣の角が交差して描かれており、そこから緑の葉と赤色の果実が伸びている。その上には、黒色のメルクリウスの杖が置かれています。盾は、5つの尖った金色の塔冠で飾られており、中央の尖った部分には「ソイムボ」(伝統的なブリヤート人の永遠の生命の象徴)が描かれている。これは、下部に帯に置かれた三日月、上部に3つの炎を伴う円である。王冠の下部には、民族の伝統を象徴する民族的な文様が描かれている。


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Coat_of_Arms_of_Buryatia.svg

 順調に行けば、私は9月1日夜に、バイカル湖の東岸に位置するブリヤート共和国のウランウデに到着するはずだ。

 そのブリヤート共和国の紋章が、上掲のようなもの。ウィキペディアからの丸写しだが、そのデザインは、伝統的な盾の紋章にブリヤート共和国の国旗に見られる青・白・黄がそれぞれ輪を描く。輪の上部には永遠なる生のシンボルたる黄金のソヨンボ(太陽、月、炎)を戴く。輪の中にはバイカル湖の波を表す青と白の縞模様、峰々を緑の明暗で表現し、当地の景色を表す。輪の下部にかかっている青い帯は「ハダク」といってブリヤートの人々の歓迎のシンボルである。ハダクの中央部は紋章の基部にかかる。この帯の両端は輪の下部に一周して巻き付く。それらの終端は両側下部へ落ちる。なお、2000年1月1日より紋章が盾の中に置かれ、ハダクから「ブリヤート共和国」とロシア語とブリヤート語で書かれた銘が消された。


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Coat_of_Arms_of_Vladivostok.svg

 昨日のブログに書いたとおり、意を決してロシア旅行に踏み切り、順調に行けば、本日ロシアに入国できるはずである。しかし、ロシアで上手くネットに接続できるかが、不透明である(ホテルのWiFi接続にも現地の電話番号が必要といったケースもあるらしいので)。

 当ブログは、毎日更新というのを基本にしているので、ロシア旅行中も更新が途絶えないよう、日本にいる間に、得意の紋章ネタで、記事を書き留めておくことにした。私が今回の旅行で滞在するはずの地域・都市の紋章をお目にかけていく。

 最初は、8月30日に到着するはずの、ウラジオストク。これは帝政ロシア時代に制定された伝統的なデザインであり、緑を背景に、トラが銀の岩山を上っていくという図柄である。当然、この地固有のアムールトラなのだろう。


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Stema_orașului_Taraclia,_Moldova

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズは、昨日のコムラトで大団円を迎えたつもりだったが、やっぱりもう1個加えたくなった。実はモルドバ南部には、ブルガリア系少数民族の住むタラクリア地区というのがあり、その中心都市のタラクリアの市章がそれである。今回のモルドバ出張で、実際に立ち寄ることもできた街なので、どうしてもこれも追加したくなったというわけである。

 ウクライナのオデーサ州南西部にはボルフラードという街があって、名前から推察されるとおり、そこもブルガリア系が多いところなのだけど(ウクライナ系ながらポロシェンコ前大統領はその街出身)、要するにウクライナ・オデーサ州南西部とモルドバ南部は隣接しており、国境をまたいでブルガリア系の人々が住んでいるということである。

 紋章の下部に記されている言葉を「モットー」というのだけれど、このタラクレアの紋章には、「ブルガリア精神は不屈」という言葉が、ブルガリア語で記されている。

 シリーズ・モルドバ紋章は、これで本当におしまい。


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Coat_of_arms_of_Comrat

 モルドバ出張から帰国しても、同国の紋章シリーズを続けていたのは、このコムラトを取り上げるまでは止めるわけにはいかなかったからだ。モルドバで(トランスニストリア=沿ドニエストルを含め)11番目に人口の多い街が、人口2.6万、このコムラトという街になる。トルコ系ながらロシア正教を信奉するというユニークな少数民族のガガウズ自治区の中心地で、今後のモルドバの国民統合にとり試金石となり、さらに言えば、新たな地政学的危機の震源地にもなりかねないので、ぜひこのコムラトまでは取り上げたかったという次第。というわけで、シリーズ・モルドバ紋章はこれにて完結。


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Coat_of_arms_of_Dubossary

 モルドバ出張からはもう帰国したが、同国の紋章を惰性で紹介し続けているシリーズ。モルドバで10番目に人口が大きいのが、2.6万のドゥボサルィということになる。再びモルドバ本土ではなくトランスニストリア(沿ドニエストル)の街であり、ドニエストルに設けられたダムと川に浮かぶ船をデザインした市章になっている。


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Orhei_Stema

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。と言っても、出張からはもう帰国したのだが、せっかくだからもうちょっと続けようかと。モルドバ第9の街、人口3.4万のオフレイの市章がこれ。オフレイは首都キシナウから北にわずか40kmほどだから、キシナウの衛星都市みたいなものか。


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Interbelic_Soroca_CoA

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバ第8の街が、人口3.8万のソロカ。モルドバ北部に位置し、ウクライナと国境を接している。ちょっと恐ろしげなデザインの市章だけど、由縁は良く分からなかった。


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Stema_Ungheni

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバ第7の都市が、人口3.8万のウンゲニ。プルート川を挟んで、ルーマニアと向き合っている。


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Cahul

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。今日はモルドバ第6の都市で、人口4.1万のカフルなのだけど、このあたりになると、個人的に紋章のデザインはもちろん、街の名前自体初めて聞いたという感じである。モルドバ国土をブーツに例えると、つま先の一番南西部にあるのがこの街であり、ルーマニアと国境を接している。


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Coat_of_Arms_of_Rîbnița

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。人口5.0万で、モルドバで5番目に大きな街が、昨日に続いてトランスニストリア(沿ドニエストル)のルィブニツァ。東欧で最大規模とされ、ロシア・ウクライナ戦争との絡みで注目されたコバスナ弾薬庫は、ルィブニツァ地区に所在。


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800px-Coat_of_arms_of_Bendery.svg

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバで4番目に人口が多いのが、9.4万のベンデルィで、再びトランスニストリア(沿ドニエストル)の街となる。


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Coat_of_Arms_of_Balti

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。さて、分離主義地域のトランスニストリアを除いた、モルドバ本土だけで見ると、首都キシナウに次ぐ第2の街が、モルドバ北部のバルツィということになる。人口14.5万。今回のモルドバ滞在中に、できれば訪問したいと思っているのだが、果たしてどうなるか。紋章はやたらと勇ましい。


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Coat_of_arms_of_Tiraspol_1847.svg

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバ諸都市の市章を、単純に人口の多い順に取り上げていこうと思うのだが、実は首都キシナウに次ぐ人口を擁するのは、分離主義地域「トランスニストリア(ロシア語では沿ドニエストル」の首都チラスポリなのである。人口は15.6万人。その市章が上掲のようなものであり、下部に描かれているのはドングリだと思うのだが、旧ソ連圏の紋章のデザインにドングリが出てくるのは、個人的に初めて見たような気がする。


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Coat_of_arms_of_Chișinău_1991.svg

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。やはり、国章の次は、首都のキシナウ(ロシア語読みではキシニョフ)を取り上げるべきだろう。キシナウは人口72.4万人。市章のデザインは、かなり国章に似ている。


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Coat_of_arms_of_Moldova.svg (1)

 私は紋章が趣味の一つなので、このブログでもかつて、日めくり紋章などという企画を手掛けていたこともあった。それで、突然ですが、私は本日からモルドバ出張に出かけるのである。出張中も、基本的には毎日ブログの更新を続けたいと思っているが、出先でバタバタすると思うので、心許ない。そこで、モルドバの紋章に関する記事を書き溜めておいて、出張中もブログの更新が途切れないようにしようと決めた。

 まずは、モルドバの国章である。国章だけあって、さすがに日本語版ウィキペディアにも解説があったので、それを引用させていただく。

 モルドバの国章には、くちばしに十字架を咥え、爪で笏とオリーブの枝を掴んだ図案化されたワラキアの鷲が描かれている。この国章は1990年11月3日に制定されたもので、国章の図案の作者によると、鷲はモルドバの国民の起源がラテン人であることを象徴している。鷲の胸は、モルダヴィアの伝統的な記章である、角の間に八芒星が配された牛の頭の図が描かれた盾で守られている。また、耳に相当する2つのひし形と、5枚の花びらの薔薇、三日月が描かれている。八芒星は太陽ではない。盾に描かれているものは全て、赤、黄色、青の3つの伝統色のいずれかで塗られている。


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