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 ロシア出身で反体制派の政治評論家A.コレスニコフ氏が、こちらの記事で、来たるロシア下院選をめぐる状況に関し論評しているので、以下発言要旨を整理しておく。

 現在のロシアの選挙は、「カーゴ・カルト」のようなものである(カーゴ・カルトとは、第二次世界大戦期以降のメラネシアなどで見られた、物資(カーゴ)をもたらすと信じられた儀礼や信仰運動のこと)。ロシアでも、かつては競争や候補者選択が存在した。しかし、現在は「選挙」という外形だけが残り、中身は失われた。与党だけでなく、議会内野党も実質的にはクレムリンの宣伝装置の一部になっている。選挙らしい形式は維持されているものの、本来の民主的機能は消滅した。

 プーチン政権はこれまで、豊かな生活と引き換えに政治的自由を制限するとか、クリミア奪還という大国意識と引き換えに経済悪化を受け入れさせるとか、特別軍事作戦は計画通り進んでいるという物語と引き換えに国民へ犠牲を求めるといった形で、「社会契約」を提示してきた。しかし現在は、ガソリン不足、インターネット規制、ドローン攻撃、インフラ劣化などが進む一方で、安全も豊かさも提供できなくなった。その結果、政権には国民へ提示できる「交換条件」がもう残っていない。

 では、それでもなぜ選挙を実施するのか。それは、「多数派は依然として政権を支持している」 という演出を行うためである。支持しない人々は、敵・国民の裏切り者として扱われる構図になる。つまり、選挙=国民意思の確認ではなく、選挙=政権の正統性を演出する政治儀式なのだ。

 2024年大統領選は、プーチン個人による絶対的権力と恒常的戦時体制を正当化した。一方、2026年議会選は、もはや新たな正統性すら与えることができず、行き詰まりや「包囲された要塞」意識を確認するだけになっている。

 プーチンが、「ロシアは一人ぼっちだ」という認識を繰り返す結果、世界全体が敵で、安全保障圏はどこまでも拡大し、世界そのものを緩衝地帯にしようとするという論理へ進んでいる。「世界をロシアの安全保障圏に変える」という発想は、オーウェル『1984年』の終わりなき戦争そのものである。

 ただ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ソ連崩壊後などに見るように、独裁は崩壊すると、人々は意外なほど早く権利・自由・民主主義を使い始めるものだ。「ロシア人は民主主義に向かない民族」という考え方は誤りだ。


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