
鉄鋼関係の調査会社であるGMKが発表したこちらのレポートは、EUの国境炭素調整措置(CBAM)がウクライナの鉄鋼産業とマクロ経済に及ぼす影響を評価し、CBAMがはウクライナの鉄鋼産業に重大な競争上の不利をもたらし、長期的には産業縮小とGDP低下を引き起こす恐れがあると論じている。以下、レポートの要旨をざっとまとめておく。
ウクライナの鉄鋼業は、サプライチェーンを含めGDPの約7%を占める中核産業であり、輸出主導型の経済構造の柱でもある。しかしロシアの侵攻によって設備投資や脱炭素化プロジェクトが停止し、エネルギー価格の上昇もあって産業の競争力はすでに低下している。このような状況でEUがCBAMを導入したことは、ウクライナの鉄鋼産業にとって重大な追加的負担になる。
ウクライナの鉄鋼輸出は現在EU市場への依存度が非常に高く、2025年には輸出の約8割がEU向けだった。中国やロシアの鋼材が中東・トルコなどウクライナにとってのこれまでの主力市場で競争力を持つようになったため、EUが事実上唯一の大規模市場になっている。このためEUの環境規制はウクライナ鉄鋼産業の存続を左右する要因となる。
さらに、ウクライナの鉄鋼生産構造自体がCBAMに対して脆弱である。同国では高炉を中心とした従来型の製鋼プロセス(BF系)が生産の約9割を占めており、電炉主体の生産に比べて炭素排出量が大きい。このためEU域内の電炉メーカーやEAF型の輸出国と比較して、CBAMによる負担が相対的に重くなる。
制度設計上の問題もある。CBAMでは排出量データが検証されるまで暫定的に「デフォルト値」が使われるが、この値が実際より高く設定されているため、輸入鋼材に過大な負担を課す可能性がある。また検証作業を2026年に実施することが難しいこと(戦時下での監査困難など)も取引不確実性を高める。結果としてEU向け取引ではリスクが輸出側に転嫁される契約形態が増えている。
EUのCBAMは、2023~2025年が移行期間(報告のみ)で、今年2026年から課金制度が開始された(ただし精算は翌年)。2027年以降に制度が完全に運用されることになっている。
実際の貿易データを見ると、CBAM導入直後から影響が表れている。2026年初めにはEUの鉄鋼輸入が前年比18%減少し、ウクライナの鉄鋼輸出も14%減少した。特に条鋼では輸出が64%減少するなど打撃が大きく、ウクライナの条鋼メーカーはEU市場から事実上締め出されつつある。一方で熱延鋼板などのフラット製品は、EU市場での価格上昇によってCBAMコストをある程度価格転嫁できるため、影響は比較的小さい。
将来見通しとしては、CBAM負担は年々増加する仕組みになっているため、影響は時間とともに拡大する。特に2029〜2030年には負担が大きくなり、ウクライナの条鋼やビレット輸出はほぼ停止する可能性がある。また銑鉄輸出も低炭素原料であるHBIとの競争に敗れ、EU市場から押し出される可能性が高い。
ウクライナのマクロ経済への影響として、CBAMにより2030年までに鉄鋼輸出が大幅に減少し、サプライチェーンを含めGDPが最大2.1%押し下げられると推計される。さらに条鋼生産の高炉など複数の設備が停止し、主要製鉄所が閉鎖される可能性もある。鉄鋼産業は前線に近い東部地域の雇用を支えているため、社会的・安全保障的影響も大きい。
以上がGMKの報告要旨だった。CBAMそのものを否定するというよりも、ウクライナに対しては特別措置が必要だという主張になっている。戦争により投資が停滞している状況で脱炭素投資を自力で進めることは困難であり、CBAMの適用延期やEUによる脱炭素投資の資金支援が不可欠だとされている。そうした措置がなければ、ウクライナは鉄鋼など輸出産業を失い、外国援助への依存がさらに強まる可能性があると警告している。
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