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 昨日ロシアが、制裁への対抗措置として、今後ロシア入国を禁止する人物リストを発表したことが話題になっている。リストの末尾に掲載されていたのが、中村逸郎・筑波学院大学教授だった。

 テレビの面白コメントの印象が強すぎ、色眼鏡で見ておられる方もいるかもしれないが、中村先生はものすごく立派なロシア研究者である。綿密な現地調査に基づいた迫真の研究書を何冊も上梓されており、特に岩波書店から出た一連の書籍は必読である。私などが逆立ちしても書けないような本ばかりだ。個人的には、岩波の書籍での中村先生こそが本物であり、テレビの中村先生はサイボーグではないかと疑っている。ああいう調査手法からして、ロシアに渡航できなくなるのは大打撃のはずで、気の毒でならない。

 岩波書店で中村先生を担当した編集者は、私もお世話になった方だった。その縁で、中村先生の著作の書評を3回ほど書いたことがある。そこで、過去に書いた書評を当ブログで再録することにしたい。1回目は、『帝政民主主義国家ロシア ―プーチンの時代』(岩波書店、2005年)である。

 本書のタイトルを見て、私は最初、最近よくあるパターンのプーチン政治論なのかなと思った。つまり、プーチン政権下で強権的な中央集権化が進んでいることを告発調に論じたり、サンクトペテルブルグ出身者や旧KGB関係者などの人脈・派閥、さらにはプーチン自身のパーソナリティなどを分析したりと、そういう内容なのだろうと勝手に想像したのである。ところが、実際に読んでみると、かなり違っていた。もちろん、本書もプーチン政権下での中央集権化・強権化について論じているし、その点こそが議論の根底にある。だが、本書の真価は、そうした政治を支えている一般庶民の生活実態、心理、行動様式などに鋭く切り込んでいる点にある。それにより、単なるプーチン政権分析にとどまらず、骨太なロシア論となっているのだ。

 この本の主たる舞台は、モスクワの中心部にある「ロシア大統領府住民面会所」である。面会所には、様々な問題を抱えたロシア市民が(実は他の旧ソ連諸国の市民も!)、大統領宛の直訴状を持参して、引きも切らずに訪れる。彼らの訴える問題の多くは、住宅の修繕といったような、本来であれば地方自治体や町内会のレベルで解決すべきものだ。にもかかわらず、なぜそれが大統領への「直談判」(もちろん実際に大統領の耳に届くわけではないが)に発展するのか。この問題に着目した著者は、いくつかの事例に密着取材を敢行し、現代ロシア社会・政治のジレンマを丹念に描いていく。

 そして、このような基盤のうえに成り立っているプーチン体制を、筆者は「帝政民主主義」と呼ぶわけだ。そこでは、帝政時代と同様、「信頼できる最高権力者を国家の頂点に配し、かれに権力を集中させることで民主主義が実現されると考えられている。最高支配者と民衆が直接的な関係で結ばれる一方で、代議制民主主義と社会の中間権力が弱体化している」(本書228頁)。このような分析自体はとくに目新しいものではないだろうが、とかく「ロシアはこういう国なのだ」と言いっ放しにしてしまう論者が多いなかで、地道な実証研究によってその構図を浮き彫りにした著者の議論には格別の説得力がある。常に独創的な切り口でソ連/ロシア政治研究に取り組んできた著者の面目躍如であろう。

 重いテーマを扱いながら、読み物として面白く読めるのがありがく、一気に読めてしまった。


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