本田圭佑のCSKAからラツィオへの移籍が土壇場で頓挫したことが、様々な論議を呼んでいる。
日本の報道のなかで、非常に目立ったのがこちらの記事。「本田圭佑、移籍破談でいつまで続く“監獄”生活。~CSKAにまつわる“何故”?~」というタイトルが物語るように、選手の意向を汲もうとしないCSKAを批判する内容になっている。私自身、決してロシアが好きで同国を仕事の対象にしているわけではないが、一応はそれで禄を食む者として、日本を代表するスポーツメディアに「ロシア人の辞書に『譲歩』という単語は存在しないのだろうか」などと書かれると、ドキっとするところはある。
それとは対照的な評価を示しているのが、辛口で知られるサッカー評論家の杉本茂樹氏。同氏はこちらのコラムのなかで、現状ではラツィオよりもCSKAの方が格上であり、最高峰の舞台であるUEFAチャンピオンズリーグの戦いの場に身を置き続けるためにもCSKA残留が正解であった、と唱えている。
私自身は、この2つのコラムとも、やや極端ではないかと感じた。まず、前者の記事はCSKAを金の亡者であるかのように書き立てているが、クラブが決められたルールのなかで利益を最大化しようとするのは当然であり、今回CSKAはルール違反をしたわけではないのだから、CSKAを一方的に非難するのは当たらないのではないかと考える。ただし、私自身、ロシア畑の人間としては本田がCSKAに長くいてくれた方が有難いものの、彼の現在の境遇は何やら蟻地獄にはまり込んでしまったかのようであり、気の毒には感じているが。
他方、杉山氏の主張も、やや一面的であるという印象を受けている。杉山氏は、ラツィオよりもCSKAの方が現時点のクラブ・ランキングが上であること、コンスタントにチャンピオンズリーグに出場しているのはCSKAであることを根拠に、CSKA残留が正しい選択であると訴える。しかし、私は(個人的な都合で本田のCSKA残留を喜びながらも)本田本人および日本サッカーにとってはやはりラツィオの方がベターではなかったかと考えている。
確かにロシアの国内リーグは、上から6チームくらいまではヨーロッパ・レベルだけれど、下位はかなりレベルが落ちるし、しかも地方遠征は移動距離や治安の困難も伴う。気候の厳しさは言わずもがなで、特に怪我がちになってきた最近の本田にとっては、ロシアの冬やルジニキ・スタジアムの人工芝は気の毒。だいたい、モスクワという街自体が、住んでいて一つも面白くないし(失敬…)、ストレスばかり溜まるところである。私はロシアを研究対象としているから、毎年モスクワにも行くし、味気ない地方都市も努めて訪問するようにしているが、ちょっと一般の日本人には勧められないというのが本音だ。むろん、観光客がモスクワやサンクトペテルブルグの観光地をスポットで訪れるだけだったら楽しいだろうけど、ロシアに暮らしてそこで働くとなると、それ自体がかなりの負担になると思う。
その点、イタリア・セリエAの方が、リーグ内の格差はロシアよりも小さいだろうから、仮にチャンピオンズリーグに出れないとしても、国内リーグ戦だけでも充分に研鑽が積めるはず。国内遠征も、行く先々が風光明媚で、ホテルも居心地が良く、食べ物も美味しいのではないか。普通に考えれば、心身ともにポジティブな状態でサッカーに取り組めるのは、やはりイタリアだろうと思う。
ただし、人間、恵まれた環境の方が良い結果を出せるとは限らないというのも、難しいところ。特に、本田のようなストイックな人間にとっては、モスクワとローマのどちらが本当に良いのかというのは、一概に言えない。一つだけ確実に言えるのは、当面残留が決まったのだから、今はモスクワで頑張ってくれということだけで、そんなことは外野が言わなくても本人が一番分かっているだろう。