
実現するかどうかは不透明だが、ロシア・ウクライナ停戦交渉の焦点になっているのが、双方のエネルギー関連インフラへの攻撃を停止するとの合意である。ニューヨークタイムズのこちらの記事が、それが実現した場合の両国にとっての恩恵について論じているので、以下抄訳しておく。
まず、ウクライナにとっての恩恵は以下のとおり。
ロシアは2022年10月、ウクライナのエネルギー・インフラへの攻撃を開始した。モスクワは、ウクライナのエネルギー・インフラを重要な標的とする消耗戦を選択した。
エネルギー・インフラ攻撃は、ウクライナを屈服させようとするモスクワの試みの重要な部分を占めている。その目的は、ウクライナの経済、ひいては戦争の動力源となるエネルギー資源の息の根を止めることだとされる。と同時に、人々の生活を耐え難いものにし、寒さと暗闇に陥れることで、人々の士気を失わせることも意図されているようだ。
ウクルエネルゴの元代表であるV.クドリツキー氏は、ロシアはウクライナのエネルギー・システムを守る能力を弱体化させるために、常に標的と戦術を変えていると指摘する。モスクワは、キエフの防空を圧倒するために、長距離無人機や弾道ミサイルの複雑な攻撃波を使ってきた。ウクライナが主要な変電所をコンクリート掩蔽壕で補強し始めた後、ロシアは火力発電所を直接攻撃したり、原子力発電所に接続されたあまり保護されていない変電所を攻撃したりするようになった。
2022年秋以来、モスクワはドローンやミサイルを繰り返し使用し、変電所や発電所、最近ではガス施設を攻撃している。キエフ経済学院の試算では、ウクライナ・エネルギー部門の被害額は少なくとも146億ドルに達している。いくつかの水力発電所や火力発電所が攻撃によって完全に破壊された。
2024年末までにウクライナの総発電能力は約22ギガワットにまで低下し、戦前の半分以下となった。ウクライナは全国的な計画停電を余儀なくされている。首都キーウの近郊では、わずか4時間しか電力が供給されない日もあった。多くの市民はロウソクに頼り、明かりのない道を歩くために携帯電話のライトを頼りにしている。
水の汲み上げシステムが故障することもあり、家庭への水道水の流れが遮断され、市民の生活は苦しくなった。戦争が始まって最初の冬には、キーウの井戸に長蛇の列ができ、住民は暖房のないアパートに水を運んで帰った。
それでもロシアは、ウクライナのエネルギー・システムを完全に崩壊させる試みに失敗した。ウクライナが攻撃に耐えてきたのは、西側諸国が提供した防空システムによってロシアのミサイルを徐々に迎撃できるようになったこと、技術者たちが24時間体制で重要な設備を修理したこと、そして住民たちが省エネの工夫をした賜物である。
ウクライナはまた稼働中の3箇所の原子力発電所を利用できており(ロシアも原子力災害を防ぐために攻撃を避けている)、ある期間には国の電力需要の半分近くを賄っている。
前出のクドリツキー氏は、攻撃停止によってウクライナは新たな攻撃の脅威を受けることなく、変電所や発電所を修理する重要な時間を得ることができると指摘する。ウクライナは損傷した機器を交換するために在庫を使い果たしてしまっており、攻撃が止まれば発電所から各家庭への送電に必要な貴重な変圧器など、重要な予備機器の在庫を補充する時間も得られるだろう。
次に、ロシアにとっての恩恵は、以下のとおり。
ウクライナは2024年初頭、ロシア経済の中心である石油・ガス産業に打撃を与え、軍への燃料供給を制限するため、ロシアのエネルギー・インフラを繰り返し標的にし始めた。専門家によれば、キエフの狙いは2つあったようだ。ロシアの石油収入を減らすことと、重要なインフラ施設で大規模な火災を起こし心理的効果を生み出すことだった。
過去1年間、ウクライナのドローンはロシア領土の奥深くまで飛行し、石油精製所、油槽所、貯蔵ユニット、パイプライン、ポンプステーションを攻撃してきた。この攻撃により、ロシアの港湾石油ターミナルや、原油をヨーロッパ諸国に送るドルージバ・パイプラインの石油の流れが寸断されている。そのため、エネルギー輸出収入が減少する恐れがあるが、どの程度影響を受けたかを分析するのは困難だ。
ロイターによると、製油所への攻撃により、同国の精製能力は一時約10%低下したという。しかし、ロシアの石油大手は、損害を迅速に修復することもできた。オスロに亡命しているロシアの独立系エネルギー・アナリスト、M.クルチヒンによれば、ロシアの石油精製工場に加えられた損害はかつてないほど深刻 だったという。ロシアには多くの製油所があるため、被害を受けた製油所から原油の流れを変えることはいつでもできる。時には、製油所が硫黄分の多いジェット燃料の生産を始めなければならないこともあったが、そのお陰で戦闘機は飛び続けることができる。それでも、製油所の一部のユニットは、生産と設置に何年もかかる可能性があるため、攻撃は長期的に損害をもたらす可能性があると、クルチヒンは指摘した。
カーネギー国際平和財団のエネルギー専門家S.セルゲイは、ロシアの石油会社がウクライナの攻撃によって受けた損害を修復するために費やすべき費用は10億ドル以下だと述べた。
専門家らは、エネルギー・インフラ攻撃停止で、どちらの国がより多くの利益を得ることになるかを判断するのは難しいとの考えを示している。いずれにしても、ロシアにとっては、ウクライナの攻撃が停止することは、ロシア国民にとって戦争とその影響がより遠のくことを意味する。また、このような攻撃が重要な石油インフラに損害を与えることを心配する必要もなくなる。
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