
ベラルーシとロシアは、カリ肥料の世界的な生産・輸出国という共通点がある。一時は両者による価格カルテルが成立したのだが、利害の対立から喧嘩別れして現在に至っている。そうした中、先日、ロシア側のカリ肥料産業の大立者であるD.マゼピン氏(実はベラルーシ出身)が、ベラルーシの独裁者A.ルカシェンコ氏と対面する機会があった。この動きに関し、こちらの記事が詳しく分析しているので(I.レンケヴィチ氏署名)、以下主な内容をまとめておく。
2005年、ロシアのウラルカリとベラルーシのベラルーシカリは提携を結んだ。両カリ肥料大手の製品を共同輸出するためのトレーダーとして、ベラルーシ・カリ会社(BKK)が設立された。BKKの株式は、ベラルーシカリが45%、ベラルーシ鉄道が5%、ウラルカリが50%を保有していた。
しかし、2012年までには両国間で意見の対立が生じていた。ベラルーシ側は、共同トレーダーを通じたロシア側の輸出比率が増加し、その分ベラルーシカリが不利益を被っていることを快く思っていなかった。実際、2011年にはBKKの輸出に占めるウラルカリの比率は40%だったが、2012年には52%に達していた。この時点で、BKKは世界のカリ市場の43%を占めていた。事実上、カリ肥料市場のほぼ半分を支配するカルテルが形成されていたのである。
両国の対立は深まった。2012年末、ルカシェンコはBKKによるベラルーシカリ製品の独占販売権を剥奪し、同社はBKKを介さずに自社製品を輸出するようになった。これに対し、2013年7月、ウラルカリはBKK経由での輸出を停止し、自社のスイス系トレーダーであるUralkali Tradingを唯一の輸出ルートとすることを決定した。ウラルカリのバウムゲルトネル社長は8月、ベラルーシのM.ミャスニコヴィチ首相との交渉のためミンスクを訪れるが、そこで逮捕された。彼は私的利益のための職権乱用およびベラルーシの国家・社会的利益への重大な損害を与えたとして告発された。9月には、BKK幹部らに対する刑事事件の被告として、ロシアのオリガルヒでありウラルカリ株の最大保有者(21.75%)であったS.ケリモフも訴追対象となった。彼は国際刑事警察機構(インターポール)を通じても指名手配された。スキャンダルは11月まで続き、最終的にバウムゲルトネルはロシアへ引き渡された。モスクワからの圧力の下で、ルカシェンコは譲歩を余儀なくされたが、ベラルーシ側が求めていた「損害」の補償を勝ち取ることはできなかった。
2013年12月、カリ肥料戦争を終結させるため、ケリモフが保有していたウラルカリ株は、M.プロホロフのオネクシムと、ベラルーシ出身のロシア実業家D.マゼピンのウラルヒムによって買い取られた。一説には、プロホロフがマゼピンをこの取引に誘ったのは、彼ならルカシェンコと意思疎通を図り、ベラルーシカリとの提携を復活させられると期待したからだという。そして2014年、新たなウラルカリ株主となったマゼピンはルカシェンコと交渉を行った。マゼピンは1990年代末からルカシェンコと面識があったとされ、ベラルーシカリとのカルテルを迅速に復活させ、カリ価格の暴落を食い止められると期待された。交渉の場で双方は、カリ肥料をめぐる対立がどちらにも利益をもたらさなかったことでは一致したものの、協力関係を復活させることはできなかった。2017年にはベラルーシカリのI.ゴロヴァティ社長が、新たな提携の必要性は見いだせないと述べている。彼によれば、ベラルーシ企業は単独でも十分にうまくやっているということであった。
その後、マゼピン自身も、ルカシェンコの怒りを買う一因となった。2020年8月、ベラルーシ政治危機の真っただ中で、マゼピンは「国民を代表して当局と対等に対話できる国家救済委員会を設立する」よう呼びかけた。マゼピンは「ロシアおよびベラルーシのビジネス界を代表して」、ルカシェンコに対し、「社会における抗議的緊張という明白な事実を認め、時間を失うことなく平和的かつ詳細な交渉のテーブルにつくこと」を求めた。その交渉は「政治的不安定からの脱却という結果に結実しなければならない」とされた。マゼピンの提案は、2020年の選挙で候補となれなかったV.ツェプカロによって即座に支持された。一部の観測筋は、ツェプカロが多くのロシア企業とつながりを持ち、彼の政治キャンペーンへの資金支援はマゼピンのウラルカリを通じて行われていたと指摘した。1980年代末から1990年代初頭にかけて、マゼピンとツェプカロは同じ時期にモスクワ国際関係大学で学んでいた。
マゼピンは、EUによる制裁発動後にウラルヒムの持ち株比率を引き下げ、ウラルカリの支配株主ではなくなり、同社の経営からも退いている。では、ルカシェンコが今なおマゼピンに関心を示しているのはなぜなのだろうか。その答えは、マゼピン本人の発言に見て取れる。「私は依然としてウラルカリの株主。会社の経営には携わっていないが、それでもウラルカリとベラルーシカリの利益、そして市場で起きていることは重要な問題だ」。ルカシェンコとの会談後、マゼピンはこう述べた。彼によれば、会談ではカリ肥料分野における協力についても話し合われたという。
どうやら、マゼピンがルカシェンコの信頼を回復する機会を得られた背景には、独裁者の息子V.ルカシェンコと、ベラルーシ首相A.トゥルチンの後押しがあったようだ。2024年からロシア水泳・水上競技連盟会長を務めるマゼピンは、昨年、ベラルーシ国家オリンピック委員会会長のヴィクトルと会談した。そしてヴィクトルは、ロシアとベラルーシの選手たちを国際舞台へ復帰させるために共同で取り組もうと提案した。実際、国際競技連盟は水上競技におけるロシアおよびベラルーシの選手の大会参加を認めた。したがって、マゼピンのロビー活動能力こそが、今度は彼自身をルカシェンコに売り込む根拠となったのかもしれない。
今回ルカシェンコは、ベラルーシの出自を持つマゼピンに対し、「祖国」のために働くことで過去の「罪」を償うよう提案したという。マゼピンがベラルーシを助ける方法は、ウラルカリが多少譲歩し、ベラルーシカリ製品により有利な輸出条件を提供することかもしれない。ベラルーシ産カリ肥料の輸出に利用されているロシアの港湾能力には限界がある。ロシアの荷主およびロシアの物流事業者は、依然として自国のインフラにおける船積み枠や物流枠の配分で優先権を維持している。実際には、鉄道による貨物搬入が安定していても、ベラルーシ側はロシアの港湾段階で定期的に遅延に直面していると、ベラルーシ側は問題視している。つまり、自国産とベラルーシ産のカリ肥料のどちらを積み出すかとなれば、ロシア側は自国メーカーを優先するのである。バラ積みターミナルへのアクセスもウラルカリが握っており、ベラルーシカリは採算の劣るコンテナ輸送を余儀なくされている。マゼピンが必要とされたのは、こうした問題の解決を後押しするためなのかもしれない。
あるいは、もっと野心的な計画が存在する可能性もある。最近、米国はベラルーシカリおよびBKKに対する制裁を解除した。ならば今こそ、ベラルーシカリとウラルカリによるカルテルを復活させ、米国市場で大きなシェアを獲得し、共同で価格を維持する時ではないのだろうか。ウラルヒムは米国市場でかなり順調に事業を展開しているようだ。しかし、ベラルーシのパートナーと共にさらに大きな成果を狙わない理由があるだろうか。マゼピンは、ルカシェンコと組み、米国市場で大きな利益を得ることを期待してゲームに参加する用意があるのだ。米国にも独自の利害がある。ベラルーシ産カリ肥料の輸入は、現在米国の総輸入量の少なくとも60~70%を占めるカナダ産肥料への依存を減らすことを可能にする。また、カナダに価格引き下げを迫ることもできるはず、という指摘がある。そして、マゼピンとの関係が指摘されるツェプカロは、自分が週に一度、米大統領特使ジョン・コールと電話で話し、助言まで与えていると自慢していた。しかも報道によれば、コールはベラルーシ産カリ肥料のバルト海港経由輸出を妨げている欧州制裁の解除を働きかける中心人物の一人である。リトアニアおよびポーランドの当局に対し、ベラルーシ産カリ肥料の通過を認めるよう非公式に要請したのも彼だった。
ロシア側にとっても、ベラルーシが米国市場へ参入することは重要である。現在ベラルーシは中国やインドの買い手とかなり安い価格で契約を結んでおり、それが市場全体に悪影響を与えている。もしミンスクに米国市場という代替先が生まれれば、中国やインド向けに極端な値引きをしなくなる可能性がある。そうなればロシア企業はアジア市場でより高い価格水準を実現する機会を得られるだろう、という指摘がある。
ルカシェンコにとって、米国市場へのアクセスと、マゼピンとのカルテルは大きな追い風となるはずだ。そのためなら、多くのことを許す価値がある。2020年のマゼピンの政治的振る舞いさえも。今回、ルカシェンコはマゼピンに、マゼピンの母親がまだミンスクに住んでいることに言及し、人質的なニュアンスをほのめかした。それは、2013年のような事態が再び起きず、カルテル参加者間で達した合意が少なくともロシア側によって破られないことを保証する、なかなか有力な担保でもあるのだ。
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