ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: 音楽・映画・番組鑑賞

 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、この週には 4 Seasons - Rag Doll が、チャートのトップに駆け上がった。四季の1位は前年のWalk Like a Man 以来であり、結果的にはこの曲が60年代最後の1位になるのであった。

その頃ソ連では
1964年7月15日:ソ連最高会議幹部会議長に、ソ連閣僚会議第一副議長だったA.ミコヤンを選出。ソ連共産党第二書記だったL.ブレジネフが、ソ連閣僚会議第一副議長に。

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 さて、この週9位には、アメリカン・ヒットパレードとしては異色の曲がランクインしていた。Stan Getz & Astrud Gilberto - The Girl From Ipanema、邦題「イパネマの娘」がそれである。ボサノバのイメージを決定付けた一曲であり、スタンダードと化している。

その頃ソ連では
1964年7月7日:ソ連国連常駐代表、国際の平和と安全の確保における国連の実効性を強化するための一定の措置に関するソ連政府の覚書を米国国連代表に手交。

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19640711t
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 今週、チャートのトップに躍り出たのが、Beach Boys - I Get Aroundである。ビートルズが上陸する前から米チャートの常連となっていたビーチ・ボーイズだったが、考えてみれば全米1位はこの曲が初だったか。以前取り上げたBeach Boys - Don’t Worry Babyは、この曲のB面曲だった。何とも強力すぎるカップリングだ。

その頃ソ連では
1964年7月6日:ソ連の国連常任代表が国連事務総長にコンゴ情勢に関する声明を提出。

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 さて、1964年に入りアメリカで爆発したビートルズ・ブームが、この週には別の形で開花した。レノン&マッカートニー(具体的にはポール・マッカートニー)がプレゼントした曲、Peter and Gordon - A World Without Loveが、見事全米1位に輝いたものである。当時、ポールはピーター・アッシャーの妹と付き合っており、その縁で提供した曲というのは、有名な話。

その頃ソ連では
1964年6月20日:ソ連とイランが支払協定に調印。

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19640627t
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 さて、今週8位には、Barbra Streisand - Peopleが入っている。女優・歌手バーブラ・ストライザンドにとり、初のヒット曲。ミュージカル「ファニー・ガール」で歌われた曲だった。

その頃ソ連では
1964年6月12日:ソ連と東ドイツが友好・相互援助・協力条約を締結。

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 さて、上位ではないのだが、あまりにも好きすぎて、どうしても取り上げたい曲がある。今週80位のEddie Holland - Just Ain't Enough Loveがそれである。当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったモータウンのソングライターチーム、HDHの一員であるエディー・ホーランドが、自らパフォーマーとして放ったシングル曲。大ヒットはしなかったものの、この時期のエディー・ホーランドは本当に格好良い。

その頃ソ連では
1964年6月10日:ウクライナの国民詩人、タラス・シェフチェンコの像がモスクワに設置される。

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 さて、アメリカンオールディーズを彩る名曲がまた一つNo.1ソングに輝いたので、これを取り上げねばなるまい。Dixie Cups - Chapel Of Loveがそれである。ニューオリンズの黒人女性グループが、レッドバード・レーベルから放った一曲。

その頃ソ連では
ベラルーシ共和国のT.ニジニコヴァ、N.トカチェンコにソ連国民アーティストの称号が授与される。

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19640606t
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 さて、今週チャート入りし、93位に着けているのが、Beach Boys - Don’t Worry Babyである。ビーチボーイズでも一二を争う超名曲だが、実はそんなに特大ヒットではなく、最高22位までしか上がらないので、もう取り上げてしまうことにする。後年出たCDでは、フェイドアウトが早すぎて不満が残るが、上で見るYouTubeの音源は(たぶん)オリジナル45から板おこししたたものなので、最後の「ウウウウ」までちゃんと聞こえて大変よろしい。

その頃ソ連では
1964年8月19日:ソ連電子機器国家委員会の指令により、モスクワにエレクトロニカ中央研究所が開設される。現在も存在し、ロステフ傘下。

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19640530t
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 さて、この週の43位を見ると、Henry Mancini & His Orchestra - The Pink Panther Themeがチャートインしている。冒頭部分だけあまりに良く耳にするメロディーだが、意外と全部通して聴くことは少ないかもしれないし、何の主題歌だったかも忘れがちかもしれない。

その頃ソ連では
1964年5月6日:ソ連とブルガリアが社会主義諸国を代表し、国連貿易開発会議に「発展途上国の経済成長を加速させるため、発展途上国の経済および対外貿易における植民地主義の兆候を除去するための若干の措置に関する決議案」を提出。

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19640523t
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 とにかくビートルズ旋風に沸き返った1964年だったが、自国勢、米デトロイトのモータウンも負けてはいなかった。ハスキー声の女性歌手、Mary Wells - My Guyが見事1位を獲得。作詞作曲はいわずもがなのスモーキー・ロビンソン。

その頃ソ連では
1964年5月13日:エジプトのナセル大統領にソ連邦英雄の称号を授与される。

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19640516t
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 さて、長らくビートルズの天下が続いてきたが、実に15週振りに、ビートルズ以外の曲がチャートの1位に立った。Louis Armstrong - Hello Dolly!がそれである。私は知らないが、有名なミュージカルのタイトルソングらしい。ノベルティ調の呑気な曲のように思えるが、こういう曲がビートルズに待ったをかけるのだから、分からないものである。

その頃ソ連では
1964年5月9日:この日は対独戦勝記念日だが、この年までは公式の祝日ではなく、軍事パレードも実施されなかった。正式に祝日になって軍事パレードが行われるようになるのは翌1965年から。

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19640509t
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 ビートルズのど派手なアメリカ上陸にやや遅れ、ついにストーンズもビルボードのTop 100入りを果たした。今週98位のThe Rolling Stones - Not Fade Awayがそれである。言うまでもなくオリジナルはバディー・ホリーで、デビュー間もない時期のストーンズは米R&R、R&Bのカバー主体だった。

その頃ソ連では
1964年4月30日:アルジェリアのベン・ベラ大統領にソ連邦英雄の称号が授与される。

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19640502t
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 さて、今週52位のMartha & The Vandellas - In My Lonely Roomは、特大ヒットというわけではないが、個人的に非常に好きな曲である。もし自分がオールディーズ番組のDJをやることがあったら、この曲をオープニングテーマにしたいと妄想している曲である。エンディングテーマはこちら。完璧だ。

その頃ソ連では
1964年4月26日:ベラルーシ共和国のマラジェーチノ市にミンスク州郷土博物館が開設される。

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19640425t
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 今週30位と47位に、「シャングリラ」という同じタイトルの曲が入っている。良く知らなかったので調べてみたら、前者がインスト、後者がボーカル入りで、同じ曲だった。ボーカルバージョンのVic Dana - Shangri-Laの方を聴いてみよう。

その頃ソ連では
1964年4月17日:N.フルシチョフ第一書記が70歳を迎えたのを機に、ソ連邦英雄の称号が授与される。

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19640418t
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 前週には、ビートルズが1位から5位までを独占するという衝撃の出来事があったが、その牙城は割と早く崩れ、今週3位にはTerry Stafford - Suspicionが食い込んだ。エルヴィス・プレスリーが1962年に吹き込んだアルバム収録曲のカバーである。

その頃ソ連では
1964年1月24日:ソ連国家計画委員会付属石油精製・石油化学国家委員会の議長にV.フョードロフ氏就任。

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 さて、ついにこの時が来てしまった。ビートルズがビルボードの1位から5位までを独占するという、伝説の週である。その事件自体は当然知っていたが、具体的にいつなのか、どの曲がくだんの5曲なのかは明確に把握しておらず、今年に入ってから、いつかいつかと、そわそわしていたわけである。それにしても、同一アーティストでありながら、その5曲が、キャピトル、トリー、スワン、ヴィージェイと、4つの異なるレーベルから出ていたというのも、今日からすると信じられない。さらに言えば、上位5曲以外にも、この週には31位、41位、46位、58位、65位、68位、79位にビートルズの曲がチャートインしていた。恐ろしや。言い忘れたが、今週の推し曲は1位のCan't Buy Me Loveで。

その頃ソ連では
1964年4月3日:ベラルーシ共和国のミンスク自動車工場の生産台数が累計20万台を達成。

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 ついにビートルズが1位から4位までを独占。そんな中、ビートルズやストーンズのルーツになったアメリカ本家R&R、R&Bも、まだ粘ってはいた。今週11位の Tommy Tucker - Hi-Heel Sneakers も、そんな一曲ではないだろうか。シカゴの老舗黒人インディーレーベル「チェス」のサブレーベルであるチェッカーからの一曲。チェスレーベルの創始者はご存じベラルーシ・モトリ出身のユダヤ人、チェス兄弟。

その頃ソ連では
1964年:中央アジアでムバレク~タシケント~シムケント~ビシケク~アルマトィのガスパイプライン建設始まる。

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 チャートがビートルズによって席巻されていたこの頃、便乗ものというか、ビートルズを題材にした曲もチャートに登場するようになる。今週73位に初登場のCarefrees - We Love You Beatlesもそんな一曲。ただ、アメリカではなくイギリスのグループのようだ。ビートルズっぽいフレーズを曲のあちこちに配置しているのが楽しい。

その頃ソ連では
1964年3月21日:ソ連とイエメン・アラブ共和国が友好条約に調印。

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 まだチャート上昇中だが、今週46位のSearchers - Needles And Pinsに何となく目が留まってしまったので、今週はこれを聴いてみることにしたい。英チャートでは1位で、米ビルボードでも最終的には13位まで上がる。ビートルズに続け。

その頃ソ連では
1964年2月27日:ベラルーシ共和国のミンスクで無線技術大学が開校(現在のベラルーシ国立情報・通信技術大学)。

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 ビートルズを筆頭とするブリティッシュインベイジョンの時代に差し掛かりつつあったこの頃。地元アメリカ勢で気を吐いていたのがモータウンであり、またビーチボーイズだった。そして、もう一つ忘れちゃいけない。フォーシーズンズもまだ健在。Four Seasons - Dawn (Go Away) は、ビートルズの壁に阻まれて3位が最高だったが、大ヒットには違いない。

その頃ソ連では
1964年3月6日:ウクライナの画家、演劇人、グラフィックデザイナー、アナトーリー・ペトリツキー氏がキーウで逝去。享年70歳。1920年代にウクライナ演劇が形成された当時、彼は前衛的で革新的な舞台美術家であり、伝統文化と現代性を有機的に結びつけ、ウクライナ演劇の発展を決定づけた。

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 HP更新しました。マンスリーエッセイ「最近の私の音楽ライブ観賞モード」です。研究とは何の関係もない雑談ですが、よかったらご笑覧ください。


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 さて、42位にThe Beatles - My Bonnieというのが入っており、「あれ、ビートルズにそんな曲あったっけ?」と思ったのだが、確認したところこれはイギリスのトニー・シェリダンという歌手が1960年代初頭にハンブルグで無名時代のビートルズをバックに録音した曲であり、それをついに全米で爆発したビートルズ・ブームにあやかって、「ビートルズ名義」で発売したということらしい。

その頃ソ連では
1964年2月2日:インスブルック冬季オリンピックで、ソ連のスピードスケート選手リディア・スコブリコヴァが4つ目の金メダルを獲得。一回の冬季五輪で4つの金メダルを獲得した初の女性に。

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19640229t
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 さて、今週20位で、最終的には12位まで上がるのが、「二人だけのデート」の邦題でお馴染み、Dusty Springfield - I Only Want To Be With Youである。ただ、日本ではベイ・シティ・ローラーズの1976年のカバーで知ったという人が多いか(かく言う私もそう)。

その頃ソ連では
1964年2月22日:有名なソ連映画「怒りと響きの戦場(Живые и мёртвые)」が公開される。

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 さて、今週もビートルズの話題に触れざるを得まい。というのも、ちょうど60年前の1964年2月9日、4人は初めてエド・サリヴァン・ショーに出演し、全米7,000万人がそれを目撃したことで、いよいよ人気が大爆発するからだ。それを記念して、その晩も演奏されたというShe Loves You(赤丸急上昇で今週3位)を、今回は推しておくことにする。ただ、スワン・レーベルっていうのが、何とも。。。

その頃ソ連では
1964年2月5日:1964~1969年ソ連・イタリア通商協定締結。

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 さて、ビートルズ・ブームが爆発しようとしていたこの頃、ローリング・ストーンズは米市場では若干遅れを取っていた。そのストーンズが後年カバーすることになるのが、この週44位に位置していたBob & Earl - Harlem Shuffleだった。ハーレムシャッフルというのは、当時あったダンスのパターンらしく、この歌はHarlem Shuffleのみならず、この時代のMonkey Shine、Limbo、Hitch hike、Slide、Ponyといったダンス名を列挙するような歌詞になっている。

その頃ソ連では
1964年2月7日:ウズベク共和国でカシカダリヤ州が再興される。

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 さて、ついにビートルズの I Want to Hold Your Handが米チャート1位にまで駆け上がった、この週。ただ、同曲は先々週にすでに取り上げてしまったので、今週は別のネタを。Ronettes - Baby, I Love You が24位にいるではないか。Be My Babyほどのメガヒットにはならず、この24位が最高位ではあったが、Baby, I Love You の方が好き、これぞアメリカンオールディーズの最高傑作と見るマニアも多いのではないか。

その頃ソ連では
1964年2月8日:カザフ共和国パヴロダル州でゲルマン・グレフが生誕。後に、ロシア経済発展大臣、ズベルバンク頭取に。

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 さて、ビートルズが米チャートに殴り込みをかけようとしていたこの時期、Hot 100には多数のタムラ・モータウン系のヒット曲がチャートインし、英国勢を迎え撃とうとしていた。そんな中で、個人的にとても好きなのが、今週42位の Miracles - I Gotta Dance To Keep From Crying である。リーダーのスモーキー・ロビンソンは自らも超優秀なソングライターでありながら、こうやってHDHの曲を歌っても最高なのであった。

その頃ソ連では
1964年1月:ロシアのブリヤートでエルマコフ蛍石・ベリリウム鉱床が発見される。

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 さて、ついにこの日がやってきた。米ビルボードHOT100に、ビートルズが初めてチャート入りしたのである。今週45位の I Want To Hold Your Hand がそれである。もう無邪気なだけのアメリカじゃいられない。

その頃ソ連では
1964年1月21日:ソ連とキューバ、砂糖の供給に関する長期協定に調印。

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 来週、ビルボードのチャートに大事件が起きるのだが、それは来週のお楽しみとして、今週は22位と赤丸上昇中のDionne Warwick - Anyone Who Had A Heartに耳を傾けてみようか。ディオンヌ・ワーウィック&バート・バカラックの黄金コンビによるヒット曲のなかでも、とりわけ名曲と言えよう。

その頃ソ連では
1964年1月1日:イルクーツク州でアンガルスク電解化学プラントの建設および試運転が完了。原子力部門の重要企業。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、年をまたいだこの週のチャート。激動の1964年が幕を開けるわけだが、そんな週にトップを飾ったのは、意外にもどちらかというとオールドスクールのBobby Vinton - There! I’ve Said It Againだった。ボビー・ヴィントンは個人的に好きなつもりなのだけど、正直この曲は今までほとんど認識がなかったな。

 PS:画像の解像度を少し変えてみたのだけど、いかがでしょうか。

その頃ソ連では
1964年1月1日:ソ連で外国人向けの外貨商店「ベリョースカ」がオープン

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