ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: 音楽・映画・番組鑑賞

 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 良く見たら、チャートの中ほど、52位に、私の大好きなMarvelettes - Strange I Knowがいた。「マーヴァレッツに外れ無し」という格言があるが(私が作った)、その中でも、今聴いて一番染みるのが、こうした曲かもしれない。最高位は前の週の49位で、決して大ヒット曲ではないのだが。

その頃ソ連では
1963年2月1日:ソ連で新たな行政区画が導入され、州内の地区が農業地区と工業地区に区別される。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、芸がないようだが、今週は1位のRooftop Singers - Walk Right In を取り上げさせていただく。耳なじみはあるが、これまで素性はよく知らなかったので、調べてみたところ、この曲自体はもともと1929年に出来た古いもので、それをフォークグループのルーフトップシンガーズが取り上げて大ヒットさせたものということである。ヴァンガード・レーベルというのは、個人的に初めて知ったな。

その頃ソ連では
1963年1月20日:中国共産党の代表団、ドイツ社会主義統一党の党大会でソ連共産党を批判。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、No.1ソングであるにもかかわらず、今週1位のSteve Lawrence - Go Away Little Girlは、これまで個人的に注意を払ってこなかった曲だった。自分の音楽ライブラリをチェックしてみると、一応音源としては持っていたようなので、聴いたことはあるはずなのだけど、あまり印象になかったな。このGo Away Little Girl、実は先週取り上げたDrifters - Up On The Roofと同じく、Goffin & Kingの作詞作曲による曲である。

その頃ソ連では
1963年1月10日:トルクメン共和国のマルィ州が廃止される。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、超のつく名曲で、個人的にも大好きなDrifters - Up On The Roofがチャートを駆け上がっており、この週には16位だった。キャロル・キング&ジェリー・ゴフィンの作詞作曲。リードボーカルは、ベン・E・キングはカネで揉めてすでに抜けており、ルディ・ルイスが担当。

その頃ソ連では
1963年1月7日:ソ連共産党機関紙『プラウダ』に、アルバニア指導部を批判する記事が掲載されるも、中国との不一致には触れず。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、ぜひご紹介したいのが、(まだチャートは上がるのだが)今週10位に位置しているExciters - Tell Him である。この時代のガールポップは、白人ものはボーカルが弱々しい曲も多いのだが(それが魅力だったりもするが)、このエキサイターズのリードボーカル嬢はパワフルな黒人ガールで、とても聴き応えがある。

 というわけで、今年のBillboard Hot 100はこれでおしまい。ブログ更新自体、今年はこれが最後だろう。今年1年お世話になりました。皆様良いお年をお迎えください。

その頃ソ連では
1963年1月3日:ソ連製旅客機イリューシン62の初飛行。しかし、ソ連にとって初の大型ジェット旅客機だったことから、その後量産に移行するまでは時間を要すこととなる。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、ホリデーシーズンなので、今週はクリスマスソングが何曲がチャートを賑わせている。有名なBing CrosbyのWhite Christmasも、今週38位と、もう何度目か分からないくらいのチャートインを果たしている。しかし、ウィキのこちらの記事に見るとおり、1963年からビルボードはクリスマスソングをHot 100には入れず、Billboard Christmas Holiday Chartというものを別途設けたので、このようにクリスマスソングがHot 100を賑わせたのはこの1962年が最後だったということになる。

その頃ソ連では
1962年12月26日:A.ストルエフがソ連政府の商業国家委員会議長に就任。これ以降、後の商業省大臣の時代も含め、実に20年以上閣僚を務める。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週チャートのトップにまで駆け上がったのが、Tornadoes - Telstarである。ウィキペディアの丸写しになるが、トルネイドースは英国のバンド(くしくもレーベル名は「ロンドン」)。このインスト曲は、1962年に「テルスター衛星」が打ち上げられたことを記念して製作された。英国内チャートだけでなく、英バンドとして史上初めて米Billboard Hot 100で1位を獲得する空前の大ヒット曲となり、後にザ・ベンチャーズもカバーした。

その頃ソ連では
1962年12月26日:D.クナエフがカザフ共和国閣僚会議議長(首相)に就任。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、実はこれからまだチャートを上がる曲なのだが、今週33位のMary Wells - Two Loversを取り上げてみたい。曲の作者は、自身もミラクルズのリーダーとしてモータウンの中心アーティストだったスモーキー・ロビンソンである。スモーキーに関しては、かのボブ・ディランが「アメリカ一の詩人」と称えたこともある。ノーベル文学賞が「アメリカ一」と言うのだから、それだけ凄い詩人ということだろう。このTwo Loversという曲は、「自分には恋人が2人いる」と歌い出し、二股を思わせたところで、実はそれは貴方という恋人の二面性なのというオチが最後につくという、さすがという構成のポップソングとなっている。

その頃ソ連では
1962年12月19日:モルダビア共和国ルィブニツァ市が共和国直轄都市となる。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週は、50位にいる Tony Bennett - I Left My Heart In San Francisco を聴いてみたくなった。なかなか良いムードの曲だ。

 Scott McKenzie - San Francisco (Be Sure To Wear Flowers In Your Hair) Jeanette MacDonald - San Francisco と合わせ、サンフランシスコ3大ご当地ソングと言うとか、言わないとか。

その頃ソ連では
1962年12月1日:モスクワの美術展を訪問したフルシチョフ、抽象派の若手芸術家たちの作風を酷評。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 上位の分厚い壁に阻まれてトップこそ逃したが、今週3位と大ヒットを記録しているのが、ガールポップの佳曲として知られる Marcie Blane - Bobby’s Girl である。個人的に、曲は以前から馴染みがあったが、Seville Recordsというレーベルは今回初めて知った。Sevilleというのはスペインの有名な都市のことだから、セビリア・レコーズと読めばいいのかな。こういう中小レーベルでも大ヒットを出せるのが、当時のアメリカの夢があるところだ。

その頃ソ連では
1962年11月19~23日:フルシチョフ政権、党と国家機関を鉱工業部門と農業部門に分離する改革を実施。

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 さて、今週11位で赤丸急上昇となっているのが、Herb Alpert & the Tijuana Brass - The Lonely Bull である。曲自体は他愛ない感じもするが、A&Mレーベルはまさにこの年1962年に設立され、後にソフトロック、洗練ポップの一大勢力となることを思うと、記念すべき第一歩という感じがする(この曲が初チャートインだったのかとかは未確認)。

その頃ソ連では
1962年11月14日:第24回ソ連サッカーリーグが閉幕。一部リーグの優勝はスパルタク・モスクワ。

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 さて、つい先日までFour Seasons - Sherryがチャートのトップに居座っていたと思ったら、早くも次のシングルが1位まで駆け上ってきた。Four Seasons - Big Girls Don’t Cryがそれである。Vee Jayレーベルもウハウハであろう。

その頃ソ連では
1962年11月18日:『ノーヴィミール』誌にA.ソルジェニーツィンの「イワン・デニソヴィチの一日」が掲載される。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 チャートの上位を見ると、Elvis Presley - Return To Senderが赤丸急上昇で、4位まで上がってきた。それなりの有名曲で、日本ではせんだみつおのテーマ曲としても知られる(?)が、実はこの曲はトップまでは行かないのであった。

その頃ソ連では
1962年11月9日:ウクライナのスタニスラフ市がイヴァノフランキウシク市に改名される。

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 今週チャートのトップに輝いたのが、オールディーズファンなら皆さん大好き、Crystals - He’s A Rebel。鬼才フィル・スペクターが主宰したフィレス・レーベルにとって初のナンバーワンソングだが、意外にもガールポップで#1になったのは同レーベルにとってこれが唯一だったようだ。何しろロネッツのあの曲が1位を逃しているので。そこでクイズですが、フィレスのシングルで、男性もので1位になった唯一の曲は何でしょうか?

その頃ソ連では
1962年11月1日:ソ連が史上初の火星探査機マルス1号を打ち上げ。

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 さて、アメリカで最も成功した黒人レーベル、インディレーベルとして知られるモータウン。初期には零細企業ゆえの苦労もあったようだが、この頃になるとヒットチャートの常連と化しつつあった。今週3位まで上がってきたContours - Do You Love Meも、そんな勢いを感じさせる一曲。

その頃ソ連では
1962年10月22-28日:キューバ・ミサイル危機、緊張がピークに達する。

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 さて、長らく首位に居座っていたFour SeasonsのSherryをついに引きずりおろしたのが、Bobby (Boris) Pickett - Monster Mashだった。しかし、今聴くと、他愛ないコミックソングであり、今日の観賞には耐えない感じがする。ボビー・ピケットという人、俳優なんかもやっていたようだけど、歌手としてはこの曲だけの一発屋だったようだ。

その頃ソ連では
1962年10月15日:キューバ・ミサイル危機が勃発。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 1962年10月5日にビートルズがファーストシングル「Love Me Do」をリリースしたらしいが、そんなものは当然まだ米チャートには反映されない。そこで、10位にまで上がってきたPeter Paul & Mary - If I Had A Hammerに注目してみることにしようか。デビュー曲のLemon Treeは35位止まりだったが、2曲目のこの曲で早くもベスト10入りを果たした。

その頃ソ連では
1962年10月13日:ソ連とウガンダが外交関係樹立。

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 さて、今週4位に、Let’s Dance - Chris Montezという曲がチャートインしている。この曲は激し目だが、後の別のヒット曲のCall Meなどはソフト路線であり、後者の方がはまってる気がしないでもない。

その頃ソ連では
1962年10月1日:ソ連がイエメンの革命政権を承認。

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 さて、この時期になるとそろそろ、モータウン勢がチャートの常連になりつつあった。今週11位のYou Beat Me To The Punch - Mary Wellsは、初期のモータウンを彩った代表曲の一つ。

その頃ソ連では
1962年9月25日:ソ連・キューバ間で漁業協力協定が締結される。

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 さて、時代的に、もうドゥーワップは最晩年という感じだが、今週7位のDuprees - You Belong To Meは、その最後の輝きと言っていい一曲だろう。山下達郎先生の一人アカペラでもお馴染み。

その頃ソ連では
1962年9月2日:ノヴォシビルスク市の人口が100万人を超える。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、忽然と登場し、今週一気にチャートのトップまで駆け上がったのが、Sherry - Four Seasonsである。これから、とんでもない旋風を巻き起こすことになる。なお、レコード盤のレーベルにはThe 4 Seasonsと書かれているが、ビルボードのチャートではFour Seasonsと記されており、昔はこういうことに関しては大らかだったのか。

その頃ソ連では
1962年9月15日:イラン領に外国ミサイル基地を配備しないことに関するソ連・イラン間の外交ノート交換。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 今週9位に位置しているRick Nelson - Teen Age Idolは、地味ながら、個人的に好きな曲だ。こういうアイドルの葛藤や孤独を歌った曲というのは、昔からあったんですねえ。

その頃ソ連では
1962年9月1日:ソ連共産党組織を鉱工業部門と農業部門に分離する大掛かりな改革が始まる。

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 さて、日本ではアメリカンオールディーズを代表する一曲のように捉えられているConnie FrancisのVacationだが、実は今週の9位が最高位だったか。こちらに日本語字幕付きのYouTube動画があったので、それをレコメンドしておく。良く考えてみれば、夏休みの歌ということで、夏に売り出されて売れたわけか。

その頃ソ連では
1962年8月27日~9月2日:キューバ統一革命組織の代表団がソ連訪問。

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 さて、今週トップに立ったのが、かの有名なLittle EvaのThe Loco-Motion。Dimensionなんていうマイナーレーベルの作品とは知らなかったが、要するにアルドンミュージックのオーナーらがこういうガールサウンドをやるために1962年にニューヨークで立ち上げたばかりのレーベルだったということで、早速キャロル・キングとジェリー・ゴフィンが健筆を奮って生まれたのがこの曲だった。

その頃ソ連では
1962年8月18日:ベラルーシ共和国ポロツク市の誕生1,100年祭。

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 さて、FBでお知り合いの方に指摘されて初めて気付いたのだが、先週96位にSupremes の Your Heart Belongs To Meがランクインし、今週も95位に着けている。シュープリームスは、私がオールディーズを聴いていて最ものめり込んだアーティストの一つなのだが、記念すべき初チャートインを人に言われて初めて気付くとは、我ながらお恥ずかしい。この2年後には5曲連続ナンバーワンという金字塔を打ち立てる彼女らも、デビュー当時はNo Hit Supremesなどと揶揄されていた。しかし、デビューから2作目のこの曲を早くもTop 100に送り込んだのだから、それほど悪くない船出だった気もする。

その頃ソ連では
1962年8月11~14日:宇宙飛行士A.ニコラエフとP.ポポヴィチの操縦によりヴォストーク3号と4号が初の集団宇宙飛行。

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 さて、今週1位にまで駆け上ったのがNeil SedakaのBreaking Up Is Hard To Doなのだが、個人的にニール・セダカなどは専門分野ではないので、知識が乏しい。「悲しき慕情」という邦題の曲があることは知っていたが、この曲がそうだったとは恥ずかしながら知らなかった。ちなみに、ニールにとってはこの曲が1960年代で唯一のNo.1ヒットだったようだ(1970年代になってから2曲あるが)。

その頃ソ連では
1962年8月11日:シャフタール・ドネツクがソ連カップで優勝。前年に続き2回目の戴冠だった。

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 さて、今週3位に着けているのがBrian HylandのSealed With A Kissなのだが、私はこの曲について勘違いしていたことに気付いた。以前、Bobby Vintonのベスト盤を買ったらSealed With A Kiss(後の時代に録音した感じの雰囲気)が入っていたので、ボビー・ヴィントンの持ち歌だと思っていたのである。正直言うと、この時代の男性アイドル歌手は、ほとんど区別がつかないのだ。

その頃ソ連では
1962年8月3日:漁業技術支援に関するソ連・キューバ間の議定書調印される。

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 さて、今週はチャートの最上位ではないが、19位に良い曲がいた。Isley Brothers - Twist And Shoutである。後にビートルズのカバーによって知名度が高まることになる。

その頃ソ連では
1962年7月31日:ソ連とキューバが逓信協定に調印。

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 さて、まだビートルズに侵略される前の無垢なアメリカ。チャート上位を見ると、これぞアメリカン・オールディーズといった曲がひしめいている。今週1位のBobby Vinton -- Roses Are Red (My Love)も、その典型的な一曲だろう。

その頃ソ連では
1962年7月9~14日:全世界軍縮・平和会議がモスクワで開催される。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、1962年7月12日にローリング・ストーンズがロンドンのナイトクラブで初のコンサートを開催したということだ。そこで、チャートの中にストーンズがカバーした曲があるかなと思ってざっと探してみたが、残念、見当たらなかった。

 その代り、今週の47位に、ど名曲のThe Miracles - I'll Try Something Newがいるのが目に留まった。はっきり言って、スモーキー・ロビンソンの曲で一番好きかもしれん。

その頃ソ連では
1962年7月12日:ソ連で都市住民を農作業に従事させる慣習が法制化される。

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