ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: ベラルーシ

 先日、こちらのサイトで、クレムリンによるベラルーシ併合の秘密文書を入手したとするスクープ記事が発表され、一部で多少話題になった。ロシアが2030年までにベラルーシを取り込むことを目論んでいるとの内容である。プーチンが築こうとしている大ロシア建設計画の一環と位置付けられている。

 ベラルーシ併合プランを取りまとめたのはD.コザクを中心としたロシア大統領府で、そこにFSB、SVR、GRUなどのシラビキ系のインテリジェンス要員も加わり、詳細なロードマップを作り上げた、という。「ロシア連邦にとってのベラルーシ方面での戦略的目標」と題され、2030年までにベラルーシをロシア国家に取り組むためのやることリストになっているという。

 ただ、記事では下に見るようなロードマップが描かれているのだが、個人的には、これまでロシア・ベラルーシの連合国家の「連合プログラム」の枠内で推進されてきた統合プランに沿ったものだと感じる。驚くような新内容は見て取れない。

 また、私が見るところ、クレムリンがベラルーシの独立国家としてのステータスまで奪おうとしているかというと、やや疑問である。ベラルーシは、やせても枯れても、国連の原加盟国である。国連総会でロシア非難決議を採択する際に、反対してくれる世界で数少ない同盟国だ。ベラルーシをがんじがらめに縛って、ロシアの意のままに動かしたいという思惑は当然あるが、独立国家という体まで奪ってしまうことはないと、個人的には見ている。

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 2020年のベラルーシの脱ルカシェンコ運動の際に思わぬ形で野党統一リーダーの役回りを演じたS.チハノフスカヤは、最近では他の民主派陣営から「武力でルカシェンコ政権を倒すために立ち上がるべきだ」「お前は外国で演説するだけ」などと批判され、すっかり求心力を失っている。

 2020年の時に私は、ウクライナと違って、ベラルーシでは「ルカシェンコなき親ロシア路線というのも可能」ということを指摘した。現に、こちらに見るとおり、チハノフスカヤも当時は、ロシアとの連合国家の破棄を主張する急進野党とは一線を画し、ロシアとの関係は現状維持という姿勢だった。

 しかし、今般ミュンヘン安全保障会議に出席したチハノフスカヤは、テレグラムチャンネルにおいて、ベラルーシがロシアとの連合国家、集団安保機構条約から離脱すべきだとの声明を、2月19日付で発表した。内容は以下のとおりとなっている。

  1. ベラルーシはロシアとの連合国家から離脱する。2022年2月24日以降、ロシアとのパートナーシップに展望は見いだせなくなった。2020年ベラルーシ大統領選後にルカシェンコ体制とロシアの間で結ばれたすべての協定は、無効と見なされるべきだ。ロシアとのすべての経済取り決めは、ベラルーシの国益に沿って見直されなければならない。
  2. ベラルーシは集団安保機構条約およびロシアとの軍事同盟から離脱する。我が国は侵略国と同じ軍事同盟に属すわけにはいかない。現時点でロシアはベラルーシでハイブリッド占領を実施している。
  3. ベラルーシは、その他の隣国、とりわけウクライナ、ポーランド、バルト諸国との関係を正常化し、広範な地域協力を開始する。
  4. ベラルーシは欧州諸機構およびEU加盟諸国との協力拡大を志向することになる。ベラルーシは欧州評議会に加盟する。EUとの長期的な協力戦略を策定する。
  5. ベラルーシは、再び暴君政治に陥ることのないような新憲法を採択する。民主的諸機関を構築し、権力の濫用を排除する。

 その上でチハノフスカヤは、「これらを達成するには、国際的な支援が必要である。民主的で独立したベラルーシのための国際的連帯を形成することを呼びかける」と結んでいる。

 興味深いのは、チハノフスカヤが、やはりロシア主導の経済同盟であるユーラシア経済連合から脱退するとは言っていないことである。また、EUと協力すると言いつつ、加盟目標は掲げておらず、連合協定についても言及がない。


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 武田信玄に始まり(知らんけど)、海なし国の絶対君主は、海への出口を欲しがるものである。こちらの記事が、ベラルーシの独裁者ルカシェンコが、ロシア大サンクトペテルブルグ港の一部を成す「ブロンカ」という港を手に入れそうだということを伝えている(位置は上掲地図参照)。

 記事によると、2022年9月、ロシアとベラルーシが、ベラルーシ貨物のロシア港湾ターミナルにおけるトランジット輸送で合意していた経緯がある。2023年1月にルカシェンコは関係者に、ロシアにおけるベラルーシ港湾の建設を加速するよう指示していた。

 ロシア外務省第2CIS諸国局のA.ポリシチューク局長は、「現在、ブロンカ港複合施設をベラルーシの所有権に移転する問題が検討されている。同時に、ロシアの北西および南部港湾における有利なトランジット条件が提供される」と語った。

 2022年にベラルーシはロシアの海港を通じて350万tの石油製品、300万tのカリ肥料を輸出し、それ以外にも鉄道で輸送されたものもあった。ブロンカ港の現在の処理能力は年間320万tだが、2,070万tへの拡張が想定されている。

 ベラルーシ貨物のロシア領トランジットに関する協定は、2022年9月に結ばれた。ただ、ルカシェンコは2022年2月の時点で、ブロンカ港でベラルーシの自前の港湾の建設を開始する意向を示していた。R.ゴロウチェンコ首相によれば、ベラルーシは肥料、木材、コンテナに至るすべての貨物をロシア経由とする意向である。


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 昨晩出演したテレビ番組で、「ベラルーシ版のワグネルか?」ということで注目を浴び始めている民間軍事会社「ガルドセルヴィス(ООО “ГардСервис”)」について訊かれることになったので、ちょっと調べてみた。以下、自分なりに整理しておくことにする。

 結論から言えば、現時点ではガルドセルヴィスの存在は過大視すべきものではなさそうな気がする。なお、正確に言うと、ガルドセルヴィスは、民間軍事会社ではなく、「銃器携行を許可された民間警備会社」である。

 ガルドセルヴィスの発祥については、こちらの記事が詳しい。上掲の図もそこから拝借した。当初は2019年11月に「ベルセキュリティグループ」という名称で設立された。その後、有限会社「ガルドセルヴィス」と名前を変え、元軍人のYe.チャノフが社長を務めている。

 上図が描く構図は複雑だが、要するにガルドセルヴィスはV.シェイマン氏による一連のプロジェクトの一環と理解すれば充分だろう。シェイマンというのは、ロシアで言えばN.パトルシェフに相当するくらいのルカシェンコ体制の重鎮なのだが、シェイマンは金庫番という役割を併せ持っているのが特徴的で、大統領官房を通じてベラルーシ国内の利権を独占してきた。その代表的なものが不動産で、ベラルーシでは主立ったビルはだいたい大統領官房の持ち物と相場が決まっている。私の見るところ、おそらくはその延長上のような形で、ビル警備会社として、ガルドセルヴィスが設立されたのではないか(ガードサービスというくらいだから)。

 こちらに見るとおり、2020年6月18日付の大統領令により、ガルドセルヴィスは警備専業の会社として承認され、同時に銃器携行を認められた。これは、多くの指摘があるように、同年8月の大統領選を見据えて、いったん事が生じたら、同社の警備員をルカシェンコを守るために投入する布石だったと考えられる。

 そして、ガルドセルヴィスの最近の動きに関しては、こちらの記事が詳しい。これは、S.チハノフスカヤ率いる「移行内閣」で軍事・安全保障を担当するV.サハシチクが、ベラルーシの軍事関係者からの聞き取りにもとづき、記者に語った内容である。それによると、ガルドセルヴィスの警備員たちは2022年夏から、ベラルーシ国内の複数の訓練場で軍事訓練を受け、すでに数ヵ月が経過した。最近その数が増大しつつあり、すでに1,000名以上を数える。元軍事・治安関係者が入隊している。彼らは、ワグネルの指揮下で、破壊・偵察・襲撃に投入される可能性がある。プーチンはガルドセルヴィスに多額の投資を行っている。昨夏にはガルドセルヴィス警備員の養成のためにワグネルの専門家がミンスクを訪れた。警備員たちには報酬約3,700ユーロでの「出張」が約束されたという話もある。ガルドセルヴィスに入れるのは選ばれた者だけで、一定のバックグラウンドが必要である。

 というわけで、「ベラルーシ版ワグネル」ことガルドセルヴィスが、ウクライナの戦線に投入される可能性も、まったくないとは言い切れないのかもしれない。もしかしたら、プーチンからの参戦要求が強まり、ルカシェンコが妥協案として、正規軍は無理だが民間会社なら、といった落とし所を提案した可能性も、なくはない。ただ、個人的に気になるのは、当該の情報が、チハノフスカヤの「移行内閣」筋からしか出てきていないことである。同派としては、当然政治的な思惑から情報発信をするはずであり、全面的に鵜呑みにはできないという気がする。


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 こちらの記事が伝えるとおり、ベラルーシが史上初めて、ロシアとの貿易で黒字を記録することになりそうということである。ただし、商品だけでなくサービスも含んだ貿易である。

 ルカシェンコ主宰の会議でR.ゴロフチェンコ首相が報告したところによると、2022年1~11月のベラルーシ・ロシアの商品・サービス貿易は往復で450億ドルという記録的な水準に達し、通年では500億ドル超えが確実。しかも、史上初めて、ロシアとの貿易で出超を記録することになる。2022年、対ロ商品貿易は数量でも金額でも増大した。ベラルーシの頭痛の種は対ロ貿易の恒常的な赤字で、年によっては赤字が70億ドルにも上ったことがあったと、首相は発言した。


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 昨日の話の続きのようになるが、ロシアが貿易統計を発表しなくなったので、貿易相手国のデータからその動向を探ってみようというシリーズ。昨日のEUに続き、今度はベラルーシの対ロシア輸出入動向をグラフにまとめてみた。

 実は、これに関してはちょっとしたいきさつがある。ロシアが国際的に孤立し貿易面でも四面楚歌となる中で、小粒とはいえ、同盟国ベラルーシの存在は貴重である。実際、ベラルーシは開戦後、ロシアへの輸出を拡大している様子が見て取れた。ところが、おそらくロシアからの「指導」が入ったのだと思うが、7月分からベラルーシ統計局はロシアとの貿易額を発表しなくなってしまったのである。個人的にこれには弱った。

 そこで今般、一計を案じ、ベラルーシの対ロシア輸出入額を自分で推計してみることにした。というのも、ベラルーシは依然として、「対CISの輸出入額」というデータは発表している。ベラルーシの対CIS貿易の大部分は対ロシア貿易であり、開戦後にベラルーシの対ウクライナ貿易が途絶えた今となっては、特にそうである(注:ロシアやベラルーシは貿易統計上、依然としてウクライナをCIS国として扱っている)。3~6月の実績からすると、ベラルーシの対CIS輸出の90.7%はロシア向けであり、対CIS輸入の98.0%はロシアからであった。この割合は毎月ほとんど変わらないので、今後もベラルーシの対CIS輸出に0.907をかければだいたい対ロシア輸出額になり、対CIS輸入に0.980をかければだいたい対ロシア輸入額になるだろうと判断した。というわけで、上図の7月以降は、そうした試算によって導き出した対ロシア輸出入額の推計値ということになる。

 さて、上図に見るとおり、ベラルーシの対ロ輸入はだいたい横這いに近く、これは石油・ガスを割安な固定価格で輸入している要因によるものだろう。一方、開戦後に、対ロ輸出は顕著に伸びている。ただ、ベラルーシの場合は、ロシアと同様に米欧日からの制裁を食らっているので、ベラルーシを経由して禁制品がロシアに流れているといったことはあまりなさそうだ。むしろ、ベラルーシ企業が頑張って、ロシア市場に生じた空白を埋めていることの表れだろう。ベラルーシの対ロ貿易は伝統的に入超と相場が決まっているが、過去半年ほどは異変が生じている。


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 最近私がかかわった刊行物のご案内。

 このほど発行された『現代用語の基礎知識 2023』の巻頭企画として、ロシア・ウクライナ情勢が取り上げられており、その中で私が「対ロ経済制裁とロシア経済の今後」という小文を書いています。小泉悠さんの「地政学的大変動の時代を迎えるユーラシア」、廣瀬陽子さんの「旧ソ連の未承認国家とこれからの世界」もあるので、ファンの方は要チェック。なお、現代用語は創刊75周年とのこと。

 もうひとつ、ユーラシア研究所から出ている『ロシア・ユーラシアの社会』2022年9-10月号に、私の「ウクライナとベラルーシ ―運命を異にした兄弟国」というテキストが出ています。これは、昨年の12月にやったシンポジウム「ソ連解体後の30年」での講演内容をまとめたもので、ゆえにその後のロシアのウクライナ侵攻には触れていませんが、ウクライナ・ベラルーシを比較検討したものとしてそれなりに意味はあると思うので、ご関心の向きはぜひ。


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 ウクライナでの戦争が始まってから、プーチン・ロシアからの圧力にもかかわらず、ベラルーシ軍を戦闘には参加させないというのが、独裁者ルカシェンコの一貫した姿勢だった。

 ベラルーシの政治評論家V.カルバレヴィチ氏がこちらのコラムの中で、実は秘められた重要なポイントがあることを指摘しているので、以下要旨をまとめておく。それは、ベラルーシ人の義勇軍部隊である「カリノフスキー連隊」がウクライナ側に付いて参戦していることにかかわっている。

 S.チハノフスカヤはV.ゼレンスキー・ウクライナ大統領に同盟の結成を提案したが、ウクライナは反応を示していない。

 その一方で、ウクライナ最高会議の一部の議員は、チハノフスカヤのチームではなく、カリノフスキー連隊を、ベラルーシの民主勢力の正式な代表して扱うことを主張し、すでに具体的な行動で示している。実際、最高会議議員らと会談したカリノフスキー連隊のV.カバンチューク副司令官は、政治綱領の骨格を示すなど政治的な意欲を示し、チハノフスカヤ派への不信を表明した。ルカシェンコ追放後に、自由な選挙を実施するなどとしている。その後連隊代表者はリトアニア国会の幹部とも対面した。

 かくして、カリノフスキー連隊は単なる政治主体ではなく、ベラルーシ民主派の新たな中心的存在の地位をうかがうこととなった。それにはいくつかの要因がある。

 まず、多くの指摘があるように、ベラルーシの反体制派の中では過激主義が優勢になり、ベラルーシにおける政権の武力転覆を志向するようになっている。チハノフスカヤの「合同移行内閣」には、軍事・治安の出身者が2名入ったが、もしも武闘路線を採るのであれば、そのシナリオを理論的だけでも実現しうる組織が前面に出る必要がある。ウクライナで戦争が始まったことにより、ウクライナ軍側のベラルーシ人義勇軍という、それに該当する組織が生まれたわけである。

 もう一つ、チハノフスカヤに対する主な批判は、言葉を発するだけでなく、行動すべきというものである。そうした観点から、ウクライナで戦っているベラルーシ人義勇兵は好対照である。前線で戦い(すでに10名ほどが戦没)、ウクライナで勝利したあかつきには、ベラルーシを解放すると公約している。カリノフスキー連隊が、ウクライナでロシアに勝利を挙げた上でベラルーシへの解放進軍を行うと表明したことは、大きな反響を呼んだ。

 こうして、カリノフスキー連隊の株は上がり、民主派のメディアで大きく取り上げられている。また、ウクライナのエリートの一部からも支持されている。

 存在感を増したカリノフスキー連隊につき、ベラルーシの体制側は主たる敵と位置付けている。ルカシェンコは何度もそれについて言及し、非常に警戒している旨を述べている。KGBのI.テルテリ長官も10月17日にミンスク・トラクター工場で発言した際に、憂慮を示した。

 ベラルーシの政権当局は、2つのシナリオにつき危険視している。ロシア軍が負けること、そしてベラルーシ義勇兵がウクライナからベラルーシ領に攻め入ることだ。彼らはその両方とも現実の脅威と見ている。

 テルテリ長官は、「100から300人の武装集団が、ベラルーシの治安部隊に損失を与え、ミンスクに進撃する」と警告した。100~300人であれば、気にするほどの規模ではないはずなのだが…。それだけ、2020年の民主化運動で、体制側がトラウマを引きずっているということである。


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 10日になって、ルカシェンコが「ベラルーシ・ロシア共同の地域合同軍を設ける」と発言したものだから、「すわ、ついにベラルーシも対ウクライナ戦争に参戦か」と驚かれた方も多かったと思う。

 結論から言えば、現時点でルカシェンコがベラルーシ軍をウクライナ戦線に投入すると決断したと考えるのは、早計であろう。背景として、「地域合同軍」なるものを理解しておく必要がある。

 まず、指摘しておきたいのは、「地域合同軍=региональная группировка войск(РГВ)」なるものは、1999年12月にロシアとベラルーシが調印した連合国家創設条約により打ち出された枠組みということである。

 1999年の条約の段階では、そういうものが設けられうることが示されただけだった。それが、多少なりとも肉付けされたのが、2021年11月4日調印の「連合国家軍事ドクトリン」においてであった。

 個人的に、この軍事ドクトリンについては当時から注目していたが、当初その具体的なテキストが公表されず、機微な内容ゆえにずっと伏せられたままなのだろうかといぶかっていた。しかし、今般のことがあったので、改めて確認したところ、軍事ドクトリンは今年に入り(おそらく2月頃に)公表されていたことが判明した。こちらのサイトからアクセスできる。

 ドクトリンが調印された2021年11月と言えば、プーチンはすでにウクライナ軍事侵攻を決断し、ベラルーシ領を攻撃拠点として利用する腹積もりだったはずである。そういうタイミングでロシア・ベラルーシ共同の軍事ドクトリンを策定し(というかルカシェンコに飲ませ)、しばらく伏せておいて、ベラルーシ経由ウクライナ侵略というシナリオが周知のものとなったタイミングでテキストを公表したことになる。

 さて、そんなわけで個人的には連合国家軍事ドクトリンのテキストに初めて目を通すことができた。「地域合同軍」に関しては第5条で定義が示されており、以下のような説明がある。

 ベラルーシ共和国とロシア連邦の地域合同軍とは、地域において可能性のある侵略を撃退するために、平時において配備されるか軍事的脅威増大時に(直接的な侵略の脅威がある時期に)展開されるベラルーシ軍およびロシア連邦軍の指揮・実働部隊のことであり、また単一の構想および計画にもとづいて適用が計画される両国によるその他の軍事的組織のことである。

 とまあ、これだけを読んでも、どのように運用されるのか、具体的なことまでは分からない。ただ、第39条を読むと、「軍事的脅威増大時には(直接的な侵略の脅威がある時期には)、地域合同軍の合同司令部が形成される」とされており、このあたりを根拠に、地域合同軍に参加したベラルーシ部隊が実質的にロシアの指揮下に入りルカシェンコの頭越しに対ウクライナ戦争に駆り出されるのではないかとの懸念を示すベラルーシ専門家もいる。


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 ノーベル平和賞の話の続きだが、ベラルーシに関しては、人権擁護団体「春」のA.ベリャツキー氏が受賞したというよりも、やはり最有力候補とされていたS.チハノフスカヤが受賞できなかったという側面に注目してしまう。

 その一因として、最近チハノフスカヤがベラルーシの野党陣営の中でもやや孤立気味だったという点があったかと思う。今の状況でチハノフスカヤ個人にノーベル平和賞を与えたら、他の陣営からやっかみを抱かれ、ベラルーシ野党の分裂がより一層深刻化するかもしれなかったからだ。そのあたりの背景を知る手がかりとして、8月の少々古いものだが、こちらの記事の要点を以下整理しておく。

 このほどリトアニアのヴィルニュスで「新しいベラルーシ」というフォーラムが開催され、ベラルーシ民主派のリーダーたちが今後の協力に向け足並みを揃えることを目指した。それに至るまでの数か月間、会議の参加者たちは、チハノフスカヤを厳しく批判し、彼女が勝手に物事を決めるとか、あるいは無意味な外国行脚ばかり続けていると指摘していた。

 チハノフスカヤに対する主たる批判の一つは、一部の論者たちがベラルーシの現状からの脱却には力に訴えるしかないと考えているなかで、チハノフスカヤが断固たる行動に出ないという点である。今回のフォーラムへの出席を拒否した活動家もいた。ベラルーシ人民戦線を率いる古参のZ.ポズニャクも、フォーラムはまったくの無意味だと切り捨てた。

 8月9日にチハノフスカヤは「合同移行内閣」の発足を宣言し、民主勢力を糾合すると称したが、専門家たちはこれにより本質的に何かが変わるわけではないと、懐疑的である。

 フォーラムの席でチハノフスカヤは、いがみ合うのを止め、共通の計画の下に団結しようと訴えた。

 しかし、チハノフスカヤに対しては、2年前は彼女を支持した活動家からも、何度か批判が寄せられた。野党政治家のV.ポロコピエフ、ヤンカ・クパーラ劇場の元支配人P.ラトゥシコ、大統領選出馬を試みたV.ツェプカロとその妻ヴェロニカらである。

 チハノフスカヤに対しては特に、ルカシェンコ体制がロシアのウクライナ侵略を実質的に手助けしているのに、この戦争に対して無為無策であるという批判が寄せられている。


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 昨晩はノーベル平和賞が発表されるということで、個人的にはマスコミ対応待機の状態だった。ベラルーシのチハノフスカヤ、ロシアのナワリヌイ、ウクライナのゼレンスキーらが有力候補に挙がっており、彼らが受賞したら、コメントを寄せるという予約を受けていたからだ。ところが、蓋を開けてみると、対象国は的中したが、受賞した個人・団体が違っていた。そのため、だいぶバタバタしたが、3社ほどにどうにかコメントを寄せた。

 さて、個人としてノーベル平和賞を受賞したのが、ベラルーシのA.ベリャツキー氏である(これはロシア語読みで、ベラルーシ語読みではA.ビャリャツキとなる)。この人物は、16年前にすでにノーベル平和賞にノミネートされており、実は個人的には当時から「ベリャツキーが獲ったらコメント」という待機をマスコミから要請されていたのである。そのあたりのいきさつについては、以前エッセイにしたためたことがあったので、よかったらご笑覧いただきたい。

 今読むと、15年前のエッセイは、だいぶシニカルな筆致になっている。また、ルカシェンコ体制の弊害、ベラルーシの民主化の問題は、国際平和とあまり関係ないのではないかという認識は、甘かったかもしれない。まあ、実際に十数年前までは、ベラルーシ情勢にもまだ牧歌的なところがあり、その影響はあくまでもベラルーシという小さな共同体の中に限られた。しかし、その強権体制が行き着いた先が、ウクライナ侵略拠点をプーチン・ロシアに提供することだったわけで、まさに強権政治が平和を棄損したわけである。


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 こちらの記事が、ベラルーシが主力のカリ肥料輸出を思うようにできなくなり、財政が窮地に陥っているということを論じているので、以下要旨をまとめておく。

 EUは2021年にベラルーシのカリ肥料を輸入禁止としたが、それは一部品目だけだった。ノルウェーのYara社は、ベラルーシカリ社の製品10~15%を買い上げて世界市場に転売していたが、同社が世論に押されてようやくその取引を停止したのは今年の初めだった。

 しかし、ここに来てようやく、ベラルーシのカリ輸出は大きな障害に直面している。従来、リトアニアのクライペーダ港がベラルーシ産カリの大部分を積み出していたが、リトアニアはその業務を拒絶した。ルカシェンコ体制は、難民騒動などで近隣諸国との敵対政策を採ってきたわけだが、プランBはないことが判明した。他方、ウクライナ当局はオデーサ港での積出を拒否し、ロシアの港にはキャパシティに余裕がなかった。

 戦争が始まると、EUはベラルーシからのカリのトランジット輸送を禁止し、米財務省は販社であるベラルーシカリ会社を制裁リストに加えるなど、その姿勢を鮮明にした。

 ベラルーシのゴロフチェンコ首相は6月3日、ベラルーシ産のカリはアフリカ、南米、中国などのアジアにシフトしており、自然発生的な輸出多角化が生じていると発言。ルカシェンコは6月17日、今年カリの輸出量は減るかもしれないが価格が上昇しているので金額面での喪失はないと強調した。だが、実際はどうだろうか?

 EUと米国の新たな制裁を受け、3月にルカシェンコはカリ輸出に関する大統領令に署名したが、うち2項目は機密扱いとなった。その後、ルカシェンコは武器輸出公団ベルスペツヴネシテフニカのA.スクラガ総裁をベラルーシカリ会社の新社長に任命、どうにかして制裁を回避したいとの思いをのぞかせた。

 それ以降、輸出実績は機密扱いとなっている。しかし、断片的な情報から、激減したことは間違いない。ベラルーシ産のカリはブラジル、インド、中国などが主な販路だが、その輸出はどうなっているだろうか。

 5月にベラルーシの駐ブラジル大使は地元紙に、双方が供給再開に向けて努力していると述べた。

 2月に報じられたところによると、インドは、ベラルーシが具体的な輸出ルートを明示するまで、輸入契約にサインしようとしなかったという。その後、本件の合意は伝えられていない。

 7月になりベラルーシの駐中国大使が、ベラルーシの対中国輸出に占める資源の比率が減り、カリ肥料が35%、食料品およびその他の商品が65%になっていると発言したが、それがどの期間のデータ化は明らかにせず、2月以降も中国向け肥料輸出が続けられているかは不明のままである。以前は中国向け輸出のかなりの部分がカリ肥料であった。

 リトアニアにトランジットを阻まれたベラルーシ当局は、あわててロシア指導部に輸出の支援を要請した。サンクトペテルブルグの近くにベラルーシの港を作る構想が浮上したが、完成には少なくとも数年、数億ドルを要し、資金源は不明である。

 ベラルーシカリは、輸出激減を受け、鉱山の改修作業に着手した。これがベラルーシの財政にどう影響するだろうか。

 1ヵ月ほど前、ベラルーシのテレビは、ベラルーシがロシアの港を通じたカリ積出を開始したと報じた。ただ、2023年末までに200万tを積み出す契約とされたものの、制裁前にベラルーシは年間1,100万~1,200万tを輸出していたのである。また、コメルサント紙によると、ベラルーシはロシアの港からカリを輸出する際に、国際価格から30~50%値引きして輸出しているという。

 その間に、ライバルたちはベラルーシのシェアを奪っており、それにはロシアも含まれる。EUはロシア産品の輸送への制裁で肥料を例外とし、米国もロシア産肥料のオペレーションについては制限を撤廃するライセンスを発給している。プーチンもブラジル大統領との電話会談で、「ブラジルの農家にロシアの肥料を途切れることなく供給する義務を果たすことを約束する」と確約した。

 2018~2020年の好調時には、ベラルーシカリは財政に年10億ドル以上を納入していた。最大の項目は輸出関税の7億ドルで、それは共和国予算に納入された。利潤税の支払いも約1億ドルに上り、これは主にミンスク州の地方財政に納入された。

 好調時のこの納税額はGDPの1.7%に相当する。統合財政はGDPの30%程度である。つまり、ベラルーシカリの直接的な納税が、統合財政歳入の5.7%ほどを占めていた。職員の所得税、取引相手との関係なども考慮すると、ベラルーシカリはがもたらす納税は少なくともGDPの2.5%、統合財政の8.3%に上った。また、ベラルーシカリ職員の賃金は平均よりも高く、「国民社会保護基金」への貢献も見逃せない。

 今日、唯一確かなことは、ベラルーシカリの財政への貢献が大幅に低下していることだ。しかし、規模はどの程度なのか、すでに深刻な予算上の問題が生じているのか、統計の隠蔽により、それらを知ることはできない。


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 最近ロシアやウクライナのことが忙しくてベラルーシのことを追えていなかったが、同国が直面している難局が解決したわけではない。とりわけ、「連合国家」という枠組みを通じてベラルーシ支配を強化しようとしているプーチン・ロシアとの関係はどうなるのか? こちらの記事に出ている、ベラルーシの政治評論家P.ウソフ氏の見解を以下のとおりまとめておく。

 「連合国家」を通じたロシアの目的は最初から、完全な政治支配の確立、ロシアが主導権を握る超国家機関の創設、より深く構造化された政治組織を形成することである。つまり、ソ連時代の統治方式の要素への回帰である。経済統合に主眼はなく、支配の結果にすぎない。

 ロシアの優先課題は、旧ソ連諸国への戦略的影響力を確立することであり、この目標を達成する上で、経済はそれほど重要な意味を持たない。モスクワが主導権を握るので、ベラルーシは非常に不利な立場に立たされている。

 ロシアの全地政学的パワーはウクライナ戦争に集中しているが、それが終われば、クレムリンは次にベラルーシをどうするか決めるだろう。ベラルーシはロシアが戦争を始めるための踏み台として機能しているのだから、統合プロセスや対等性を語るのは馬鹿げている。

 2月24日の開戦後も、ベラルーシ・ロシア関係に本質的な変化はない。形式的にも、新しい文書への署名などがないので、同様である。クレムリンの目的は、ベラルーシを戦略的資源として利用することである。この点では、連合国家の本質と内容は変化している。一方では、ベラルーシはロシアの文化的、情報的課題に支配された植民地として認識されるようになった。他方では、ベラルーシは戦略的資源と認識されるようになり、ベラルーシの主権・国益を損なう形で利用されている。

 ベラルーシは、以前のルカシェンコ体制では政治主体だったが、それが、ロシアの政治的意思を推進するための単なる客体へと変質している。ベラルーシの主体性はなく、ロシアの利益がベラルーシに押し付けられるのみである。

 「国民投票を実施してベラルーシをロシア連邦に組み入れよう」という、馬鹿げた、しかし至極もっともな発言が頻繁に聞かれるようになった。ロシア下院のトルストイ議員はすでにそう明言しており、今後そうした提案はどんどん増えていくだろう。乗っ取りと領土奪取のプロセスが始まる。

 ロシアがとりうるアプローチは、2つ考えられる。第1に、ソ連をモデルとして「連合国家」を創設し、そこに他の非承認国家を加えることである。しかし、このプロセスには抵抗が伴う。カザフスタンのトカエフ大統領も、自称ドネツクおよびルガンスク人民共和国の承認を拒否した。

 そして、第2の帝国的シナリオも考えられる。住民投票などの正式な手続きを踏まずとも、押さえるべきものはすべて吸収し、ロシアに併合するというものである。今ウクライナで進んでいるように、領土を奪い、拡大し、国家を破壊することである。ロシアは「ウクライナ問題」を解決しており、「カザフ問題」が焦点になってくる。

 ベラルーシにとっては、どちらのシナリオも、ベラルーシという国家が破壊され、ロシアの植民地状態に陥ることを意味し、悲劇的である。このような脅威は、ロシアが地政学的な存在として滅びでもしない限り、存在し続けるだろう。

 そして、ルカシェンコはクレムリンに対抗する術を持たない。このような状況で、モスクワと距離を置こうとすれば、ルカシェンコは引きずり降ろされる。


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 ロシアが自分で貿易統計を発表しなくなったので、困ったものだが、かくなる上は、貿易相手国側の数字から埋めていくしかない。

 こちらの記事で、主要国による4月までの月別対ロシア輸出額という数字が出ていたので、それを表に整理してみた。中国の圧倒的トップは変わらないが、その中国にしてもさすがにロシアへの輸出を急減させている。そうした中、ベラルーシだけが対ロシア輸出で「健闘」しているという構図である。

 なお、上の表を見ると、日本がロシアにとって第5位の輸入相手国のように思えてしまうが、この資料では米国、イタリア、フランスといった主要国が省略されているので、日本が何位なのかは分からない。

 ロシアの輸入相手国では、1位中国、2位ドイツというのがもう10年以上続いてきたが、下図に見るとおり、直近ではベラルーシがドイツを追い抜いている。

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 最近で一番ビックリした話を披露させていただく。

 ロシアの『エクスペルト』誌を読んでいたら、ウクライナ・ゼレンスキー政権の主要幹部を紹介したくだりがあり、その中でミハイル・ポドリャクという人物が挙げられていた。記事によると、大統領府長官顧問として政権の中核に位置するポドリャク氏は、政治コンサルタントで元ジャーナリストであり、かつてはベラルーシで反体制メディアで働いたこともあって、それゆえにウクライナに追放された。ゼレンスキーの下で頭角を現し、現在では対ロシア和平交渉で枢要な役割を果たしている、とある。

 待てよ、ミハイル・ポドリャク……どこかで聞いたことがあるような。そうか、あの男ではないか。私がベラルーシ駐在時代に、インタビューをし、非常に印象深かったので、そのくだりをエッセイにしたこともある、あの男だ。まさか、あいつが、現在、ウクライナ・ロシア関係の、もっと言えば人類の命運も握っていたとは。なお、当然のことながら先方は私との面談のことなど忘れていると思うが、便宜的に「旧知の人物」というタイトルを付けさせていただいた。

 確かに、和平交渉の一連の写真を改めて見てみたら、そこには確かにポドリャク氏の姿があった。下の写真で握手をしている左側の人間が、ポドリャク氏である。この写真は、ベラルーシを舞台に行われた初期の交渉のはずだが、まさか本人もこんな形でルカシェンコの国に舞い戻ることになるとは、思ってもみなかっただろう。

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 というわけで、2004年に書いたエッセイを以下で再録するので、よかったらご笑覧ください。


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 なんだかんだで、現在までのところルカシェンコのベラルーシは、ロシアの対ウクライナ戦争への参戦を回避し続けている(領土を進撃拠点としてロシア軍に提供したことは看過できないが)。ベラルーシ軍はそれほど規模は大きくないとはいえ、もしベラルーシ軍が合流してロシア軍が厚みを増していたら、キーウ攻防戦の状況も多少変わったかもしれない。

 はっきり言って、「この戦争に加わりたくない」というのは、独裁者ルカシェンコと、ベラルーシの一般国民との、唯一と言っていい共通項だろう。それだけ、「戦争だけは勘弁」という意識が、ベラルーシ国民には染み付いている。

 そのあたりの事情につき、こちらの記事の中で、ロシアとベラルーシの有識者たちがコメントしている。ここではそのうちベラルーシ側の2名のコメントを以下のとおり抄訳しておく。

 G.コルシュノフ(「新思考センター」分析家、ベラルーシ科学アカデミー社会学研究所元所長):ロシアとベラルーシで、大祖国戦争の歴史・記憶が共通だというのは、大きな間違い。「200年の共通の歴史」というのはイデオロギー的には都合が良いが、両国民の歴史観は異なる。ベラルーシ側では、ロシア化の歴史、ベラルーシの土地の征服の歴史として受け取られる。大祖国戦争についての認識も同様である。ロシアの場合は、国土のヨーロッパ部しか戦場にならず、ロシア国民にとっては戦争とは前線+銃後である。一方、ベラルーシ国民にとって戦争とは占領で、死は多くの人にとって現実の脅威であった。ベラルーシ国民にとって戦争とは黒と白ではなく、すべてが黒。それが浮き彫りとなるのが戦勝記念日で、過去5~7年ロシアではそれが勝利の日で、今後も再現可能とイメージされるのに対し、ベラルーシでは「もう二度と繰り返さない」という思いになる。

 A.カザケヴィチ(ベラルーシの政治評論家):ロシア国民にとっての戦争のイメージは、何よりまず精神的高揚、武器、国家の勝利であるのに対し、ベラルーシ国民にとっては、多数の犠牲者、占領、災厄を伴う悲劇である。また、ロシア国民は自国を帝国とイメージし、周辺国に影響力を行使し世界の運命を決める存在だと思っている。ゆえに、ロシア国民は自国が対外的、軍事的な積極策をとることを好感する。過去十数年、国民はジョージア、ウクライナ、シリアでの戦争に反対しておらず、むしろ戦争への反対は屈服と受け止められてきた。また、ロシアでは多くの問題にもかかわらず何だかんだで政権は過半数の有権者をコントロールしており、ゆえに政権の政策への支持が得やすいのに対し、ベラルーシでは政治危機が収束しておらず、政権を支持しているのは3分の1以下である。ロシアでは体制が情報空間をコントロール下に置いているのに対し、ベラルーシでは国営マスコミは25~35%の人にしか見られていない。ベラルーシでも、ロシアのナラティブが浸透はしているが、それでも独立系メディアが力を保っている。


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 何が困ると言って、ベラルーシで世論調査の類がほとんど行われず、民意がどこにあるのかが掴めないのは非常に困る。そうした中、2020年8月の大統領選後、英チャタムハウスが不自由な中でも時々ベラルーシで世論調査らしきものをやってくれているのは、助かる。

 それで、こちらのサイトに見るとおり、ロシアによるウクライナ侵略を受け、チャタムハウスでは3月5~14日にベラルーシ国民896人を対象に本件に関する意識調査を行い、それをベラルーシの社会構造に応じて補正、その結果を発表した。

 色んな設問があるが、やはり一番注目されるのは、ベラルーシ自身がこの紛争に関しどのようなスタンスをとるべきかという問いだろう。その結果を示したのが、上図となる。日本語にすれば、以下のとおりとなっている。対ウクライナ戦争にロシア側に付いて参戦することを支持するのは3%だけとなっている。

  • ロシアの行動を支持するが、ベラルーシ自身は紛争には関与しない:28%
  • 完全な中立を表明し、外国の軍隊はすべてベラルーシから撤収させる:25%
  • ロシアの行動を非難するが、ベラルーシ自身は紛争には関与しない:15%
  • ウクライナを支持するが、ベラルーシ自身は紛争には関与しない:4%
  • ロシア側に付いて紛争に関与する:3%
  • ウクライナを非難するが、ベラルーシ自身は紛争には関与しない:2%
  • ウクライナ側に付いて紛争に関与する:1%
  • 分からない:21%

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 よく予想を外すこの私だけど、「ベラルーシのルカシェンコはロシアからの参戦要求に抵抗を示すだろう」という予想だけは、今のところ当たっている。ただ、クレムリンのこちらのページに見るように(超久し振りにクレムリンのページに接続できた)、昨日ルカシェンコがモスクワを訪問しプーチンと会談した。ここに出ているやりとりによれば、ルカシェンコはロシアのウクライナでの行動を支持し、また集団安保およびユーラシア経済連合の首脳会合を1ヵ月後くらいにモスクワで開いて結束を図ろうと提案した、といったことが話されているが、ベラルーシ軍の参戦については具体的なことが話されたのだろうか?

 そうした中、こちらの日本語記事のコピーで恐縮だが、

 ウクライナ空軍は、ロシアの軍用機が11日、ベラルーシの飛行場から離陸し、ウクライナ領空を通過した後、ベラルーシのコパニを襲撃したとの情報を、国境警備当局が現地時間午後2時30分(日本時間午後9時30分)に入手したと発表した。

 ウクライナ空軍はオンライン声明で「これは挑発行為であり、ベラルーシ共和国軍をウクライナとの紛争に巻き込むことが目的だ」と強く批判。同じ作戦でベラルーシの他の2地域も標的にされたという。

 国境警備当局は声明で「ウクライナ軍はベラルーシ共和国に対する攻撃行為を計画していないし、する予定もないと正式に宣言する」とした。

 要するに、ウクライナ軍機がベラルーシを攻撃したと見せかけて、それへの反撃としてベラルーシを対ウクライナ戦争に参加させよという工作だったわけか。

 深読みすれば、ロシア軍の仕業であることはすぐに分かるはずであり、これはむしろ、関ケ原で徳川家康が小早川秀秋の陣地に大筒を放って参戦を促したように(史実かどうかは知らないが)、ルカシェンコに腹をくくらせるためにベラルーシの村を襲った、なんてことも考えてしまう。

 なお、ベラルーシの地名マニアのこの私だが、コパニ村というのは聞いたことがなかったので、地図で位置を確認してみた。それが上掲画像であり、ゴメリ州レチツァ市の郊外にある。力点は後ろにあって、正確な読み方はコパーニであり、ゆえにベラルーシ語読みではカパーニ。


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 エネルギー自給率がきわめて低いベラルーシだが、実は一定量の石油を産出する(年産170万t程度)。南東部のゴメリ州レチツァあたりに旅行すると、油井の風景が見られ、私も見たことがある。

 それで、従来ベラルーシは、国内で採れた石油を、ほぼ全量ドイツに輸出してきた。国内に製油所があるのに、精製に回さず、原油のまま輸出していたのは、その方が経済的に得だからである。ベラルーシの製油所はロシアのウラルブレンドという重質・重硫黄の原油の精製に特化している。ベラルーシ産はより軽い良質の原油で、国内の製油所にはオーバースペックであり、ドイツに輸出した方が儲かるわけである。なお、ドイツと言っても、具体的にはドイツにあるロシア・ロスネフチ系の会社が買い上げているのであるが。

 ところが、ルカシェンコ体制にとって困ったことに、昨年12月2日に追加されたEUによる経済制裁により、ベラルーシの石油事業を担う国営ベラルーシネフチ社がEU制裁の対象になった。これにより、ベラルーシはドイツに石油が輸出できなくなった。こちらの記事などが、これを受けドイツ社はただちにベラルーシからの石油輸入を停止し、2022年の契約もキャンセルされたと伝えている。

 これによるベラルーシへの打撃については、こちらの記事が詳しい。これによると、ドイツに輸出していた石油を国内の製油所に回すことは技術的には可能である。しかし、それにより7,140万ドルの輸出収入と、1億ドル近い輸出関税収入が失われる。その分、ロシアからの石油輸入を減らすことは可能だ。だが、2020年には、ベラルーシは自国産の高品質石油を1t当たり282ドルで輸出し、ロシアからウラルブレンドを240ドルで輸入、1t当たり42ドル分の利得を得てきたわけだが、今後はそれが失われる。


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 私はしばらく前から、ロシアのプーチン政権がベラルーシのルカシェンコ体制を支える見返りとして、色々な譲歩を引き出そうとするはずであり、その一環として、ロシアが実施している欧米に対する対抗制裁に参加することを求めるのではないかとの予想を示していた。欧米の制裁に対抗して、ロシアは2014年夏以来、欧米からの主要な農産物・食料品の輸入を禁止しているわけだが、ベラルーシがその「抜け穴」となって、欧米産食品がベラルーシ経由でロシアに流入している現実もあり、ロシア側が問題視していた。ただ、ルカシェンコが欧米との関係拡大の夢を捨てきれなかった時期には、ベラルーシ側はロシアの禁輸への同調に抵抗を示していたはずである。

 今般、思わぬ形で、ベラルーシとロシアの足並みが揃うことになった。ベラルーシ自身が、欧米から厳しい制裁を受けるに至り、ベラルーシもそれへの対抗手段をとることとなった。くしくも、ベラルーシが選択したのは、ロシアと同じ食品禁輸だったというわけである。

 くだんの決定は、2021年12月6日付のベラルーシ閣僚会議決定によりなされ、2022年1月1日から施行された。なお、2022年1月27日付のベラルーシ閣僚会議決定により、対象国が2ヵ国(リヒテンシュタイン、セルビア)追加になった。

 そこで、私はロシアの禁輸品目とベラルーシの禁輸品目を整理・比較してみた。その結果、両国の禁輸品目は、細部の差はあれ、ほぼほぼ同じリストということが確認できた。ただ、ベラルーシはロシアと違い魚の輸入は禁止しておらず、これはベラルーシは内陸国の割には魚加工産業が盛んなので(ブレストのサンタブレモール社が代表格)、その利益を守ろうとしたからだろう。逆に、ロシアが禁止していない砂糖菓子、チョコレートをベラルーシが禁止したのは、ついでにコムナルカ、スパルタクといった国内製菓大手の利益を図ろうとしたからだろう。

 というわけで、ベラルーシの食品禁輸には、欧米の制裁に対抗するというのと、プーチン組長に右へ倣えをしたという2つの側面があるのではないか。

 ロシアとベラルーシによる食品禁輸の対象国も比べてみた。それが下表で、まあだいたい同じであり、末尾の色付きで示したところだけが違う。これは、ロシアもベラルーシも、自国に制裁を導入した国への対抗措置として発動しているので、それによって対象国が違ってくるのだろう。セルビアは、ロシアもベラルーシも加盟するユーラシア経済連合とFTAを結んだりしているのだが、ベラルーシ側の禁輸では対象になった。

 肝心な点は、ベラルーシはウクライナを対象に加えなかったことだろう。ベラルーシ・ウクライナは、過去1年ほどで政治的には取り返しがつかないほど敵対してしまったが、経済的にはお互いに依存している部分があり、まだその紐帯が持ちこたえている形である。

 ベラルーシの政府決定によれば、禁輸品目に関しても、特段の事情がある場合には、関税割当制により、欧米からの輸入が限定的に認められるケースもあるようである。

 こちらの記事によれば、2021年1~10月にベラルーシは欧米から5.3億ドルの農産物・食品を輸入し、今後はその大部分が禁止の対象となる。輸入代替生産を奨励し、また友好国からの輸入を図ることで、ベラルーシ国内市場の需給が崩れないよう努めると、ベラルーシ政府は説明している。

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 昨日、ウクライナのブランド別乗用車販売台数の表をお目にかけた。ついでに、こちらに出ていたベラルーシの販売動向のデータも取り上げることにする。ベラルーシもウクライナと同じように欧州からの輸入中古車が幅を利かせる市場なのだが、今回はあくまでも新車の販売動向。

 今回の資料によると、2021年のベラルーシでの乗用車(新車)販売は4万6,837台で、前年比11%減少した。政治危機と経済低迷が影響した形だろう。

 ブランド別の動向は上図のとおりで、トップのロシア・ラーダ車だけが13%増と伸びを見せ、その他の主要ブランドは軒並み落ち込む形である。ちなみに、この資料に明記されているわけではないが、ラーダ車がロシア製なのは当然として、フォルクスワーゲン、ルノー、キアといった他の外国ブランド車も、おそらく大半がロシア工場の製品だろう。

 問題は、ルカシェンコによる国民車構想の産物であるGeelyが、2021年に19%も国内販売を減らし、7,442台に留まったことだろう。ただ、2021年にロシア市場でGeelyが2万4,587台売れており(前年比58.9%増)、そのうちどれだけがベラルーシ製かを検証してみる必要がある。


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 こちらに見るとおり、ベラルーシの最高権力者A.ルカシェンコは1月28日、年次教書演説を行った(私はルカシェンコを「大統領」と呼ぶことは避けているので悪しからず)。

 今回の教書演説では、2,500人の前で、ルカシェンコは2時間半にわたり演説を行い、そのあとさらに、質疑応答を1時間行ったそうである。

 2021年2月に開催された「第6回全ベラルーシ人民大会」につき、私はこちらのコラムで、「ルカシェンコは、4時間の基調演説をはじめとして、3度にわたり演説を行い、大会全体の半分以上でルカシェンコが演壇に立っていたそうです。お笑いに例えれば、とっくの昔に旬を過ぎた師匠の単独ライブを、2日間にわたってぶっ通しで見せられたようなものであり、支持者にとってもキツかったのではないでしょうか」と論評した。

 今回は、それよりは短かったとはいえ、旬を過ぎた師匠の独演会を延々と聞かされるという本質には、変わりあるまい。

 長くても内容があれば聞いたり読んだりするモチベも上がるのだが、何しろほぼ全編にわたってデマであり、商売柄、一応ざっと目を通したが、とにかく苦痛だ。

 自称大統領の教書演説なので、普通は、昨年のこの分野はこんな結果に終わりましたとか、我が国はこんな目標を掲げますとか、新たにこんな政策を導入しますとか、具体的な施政方針が示されるものだろう。仮にそれが粉飾であったり非現実的な目標であったとしても、一応は参照する価値はある。

 しかし、今回の教書演説には、そのような要素がほぼ皆無である。一番具体性のある話は、「(2020年の大統領選に際して、欧米により)ベラルーシ破壊のために60億ドルが投じられたことが、すでに正確に判明している」というくだりか。

 私の認識によれば、ルカシェンコは2021年には教書演説を行わなかったため、前回の教書演説となると、こちらに見る大統領選直前の2020年8月4日ということになるはずである。この中でルカシェンコは、ロシアのことを「我が国の最も近い同盟国であったし、今もそうだし、これからもそうである」とする一方で、ロシアとの関係は「嘆かわしいことに兄弟関係からパートナー関係へと変わった」と述べ、関係冷却化の事実を認めた。石油をめぐる関係については、「ロシアとの石油紛争で財政が15億ベラルーシ・ルーブル(約7億ドル)をとりはぐれた」と訴えた。その上で、ルカシェンコは、「今期(ルカシェンコ大統領の2005~2020年の任期という意味)の結果が物語っているのは、1ヵ国、2ヵ国への過度な依存は、控えめに言っても、我が国を脆弱な状況に陥れるということである」として、多元外交を強く志向する姿勢を見せた。当時は、ベラルーシでお縄となったロシアの民間軍事会社ワグネルの兵隊をウクライナに差し出すとか、そんな動きすら見せていたものである。

 それが、今回の年次教書では、だいぶ趣きが変わっている。2020年大統領選を前に、欧米の連中が足繁く我が国を訪問し、「ベラルーシ独立を維持するためです」などと甘言を弄してベラルーシに支援を申し出、NATOに引っ張り込もうとし、米国に至っては我々が全面的に石油を供給しようなどと働きかけていたが、それらはすべてベラルーシとロシアという兄弟国同士を仲違いさせるための策謀であることがその後明らかになっており、それに失敗した欧米はベラルーシで暴力的な政権転覆を企図したが失敗に終わり、ベラルーシ・ロシアの兄弟関係は雨降って地固まるとなった、などという都合の良いことを、今回ルカシェンコは臆面もなく主張している。


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 こちらのページに、ベラルーシと中国の30年の協力の歴史という図解(というほどでもないが)資料が出た。

 それによると、両国は1992年1月20日に外交関係を樹立した。現時点で両国の基幹的な条約となっているのが、2015年の友好・協力条約である。ベラルーシは中国と全面的な戦略的パートナーシップを発展させており、同国の一帯一路構想に積極的に参加している。

 2020年の二国間貿易(商品・サービス)は往復54億ドルだった。1992年からの30年で貿易取引は130倍に、2011年からの10年間だけでも1.6倍になった。

 1992年からの累計で、中国からベラルーシの投資は26億ドルで、うち11億ドルが直接投資である(2021年9月現在)。

 中国・ベラルーシ共同でミンスク郊外に設けられた工業団地「グレートストーン」が、最大の投資プロジェクトである。その面積は11,761ha。入居企業は85社(2021年の新規入居が20社)で、その投資総額は12億ドル。6,900人分の新規雇用創出が見込まれている。


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 今般、世界銀行から最新版のGlobal Economic Prospectsが発行され、世界各国の経済成長率の実績および当面の予測が示されたので、私の守備範囲であるロシア・ユーラシア諸国のデータを拝見してみよう(上の表は中東欧諸国も含んでいるが)。

 2021年はコロナ危機からの回復の年であり、2020年に落ち込みが大きかった国ほど、2021年に大きく盛り返すというのが基本パターンである。

 ロシアは、2021年こそ4.3%という悪くない数字だが、その後の見通しは、2022年2.4%、2023年1.8%と煮え切らないパフォーマンスが続くという予測になっている。

 この地域で、2021年に最も成長率が低かったのは、1.9%のベラルーシだったようだ。


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 ベラルーシの改憲案に関し、昨日は第一報をお伝えしたが、こちらにベラルーシ随一の政治評論家V.カルバレヴィチ氏による論評が出ていたので、主要点を以下のとおりまとめておく。

 憲法改革は、当初は、権力を移行しルカシェンコが大統領職から退くプロジェクトの不可分の一部として発案された。ルカシェンコは再三、新しい憲法は新しい大統領のためのものだと明言していた。

 ところが、ルカシェンコは退陣を思い直し、現在では前倒しの大統領選は想定されていない。改憲案の第143条によれば、国家機関および公職者は、当初の任期どおりに、または所定の方法により権限が解消されない限り、職務を全うするとされている。つまり、ルカシェンコが現任期が満了する2025年まで権力の座に留まることを意味する。

 しかも、やはり第143条によれば、一人の人物が大統領職に就く回数を2回に制限する修正は、新大統領が就任した日に発効するとされている。平たく言えば、ルカシェンコはあと2回大統領に選出される権利があるということである。

 ルカシェンコとしては、すでに国民投票は公約しており、これから中止すれば大きなスキャンダルとなるし、プーチンに課せられた宿題もある。そうなれば、ルカシェンコは2025年まで形式的には制限された権限で君臨することを余儀なくされ、これは彼にとってはありえない状況である。そこで3つの仕組みを考え出した。

 第1に、憲法修正は採択された時点ではなく、公布された時点で発効するとされている。それが国民投票から1年後になる可能性もある。

 第2に、全ベラルーシ国民大会の活動に関する法律の策定に1年が割り当てられており、さらにその代議員選出等に時間がかかる。その間は、大統領の権限は従来通りである。

 第3に、さらに奮っているのが第144条であり、全ベラルーシ国民大会の円滑な開催のために、憲法修正が発効する時点での大統領が、大会の議長に選出されうるとされている。

 というわけで、ルカシェンコはこれまでのすべての権力を保持するが、それが大統領職と全ベラルーシ国民大会という、2つの権力中心に分散されたわけである。権力の継承という課題を解決するはずだった改憲案が、いつの間にか、ルカシェンコが権力の座に留まり続けるという別の目的にすり替わってしまったのだ。


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 ベラルーシでは、来年2月末に憲法改革を問う国民投票が実施されることになっている。ところが、肝心の改憲の中身が発表されず、新憲法を制定するのか、既存の憲法を修正するのかすらも明らかでなかった。

 おや、まさか、中身を発表しないまま国民投票にかけるのか?などと疑い始めたところ、こちらの記事が伝えるとおり、昨日になり、ようやく改憲案が発表された。さすがのルカシェンコ体制も、最低限のアリバイだけは取り繕おうとしているといったところか。

 結論から言えば、まったくの新憲法を制定するのではなく、既存憲法に修正と追加を加えるという形になっている。そのテキストがこちらであり、緑の部分が修正・追加されるところである。

 まだ熟読できていないが、最大の注目は、「全ベラルーシ人民大会」を制度化する点だろう。

 「全ベラルーシ人民大会」と聞くと、何となく名前から中国の全国人民代表大会(全人代)のようなものかと想像したくなる。しかし、中国の全人代は一応は常設の国会であり、ベラルーシには別途国会があるので、位置付けが異なる。

 これまでの全ベラルーシ人民大会は、むしろ中国やかつてのソ連の、5年に一度の共産党大会に近いものだった。ルカシェンコの5年間の任期に合わせて、大統領選挙の前後の時期に開催され、これまでの5年間の成果をうたいあげるとともに、今後5年間の方向性や課題を示すセレモニーとなっていた。ルカシェンコ政権下で、1996年10月に第1回が開催され、2021年2月の最新の大会まで、全6回を数えた。

 ちなみに、かつてのソ連では、1990年3月まで、共産党の指導的役割が憲法に明記されていた。その意味では、共産党大会で国家方針を決めることは、一応は法的に辻褄の合う話ではあった。それに対し、従来、全ベラルーシ人民大会は、憲法や法律に何の規定もなく、ルカシェンコが大統領令という号令一つで招集していた。

 それが、今回の改憲で、全ベラルーシ人民大会は法的にも然るべき位置付けをなされようとしているわけである。ルカシェンコとしては、権力の軸足を大統領職から同大会にシフトすることによって、最高権力者として生き残ろうとしているというシナリオが浮かび上がる。

 とはいえ、いかんせん改憲案を熟読できていないので、詳しくはまた後日。


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 12月1日付と少々古いが、こちらのインタビュー記事の中で、ウクライナのシンクタンクである「軍・軍民転換・軍縮・国際問題研究センター」のM.サムシ副所長が、ロシア軍がベラルーシ領をウクライナ攻略に使うのかという問題についてコメントしているので、発言要旨を以下のとおり整理しておく。

 1999年にロシア・ベラルーシ連合軍の連合軍集団が創設されて以来、ベラルーシ軍は実質的にロシア軍の指揮下に置かれている。そして、ウクライナ軍は1999年以降、ベラルーシはロシアの軍事同盟国であり、様々な問題がそこから発生することを認識してきた。

 ロシアがウクライナに侵攻する場合については、ルカシェンコは自国に関係のある部分に関してのみ、その作戦についての情報を得ることになる。そして、ロシアの航空部隊のために飛行場のネットワークを提供し、ロシアの特殊作戦部隊、偵察部隊の配置を認め、そしてもちろんミサイル部隊も配備されるだろう。もちろん地上軍も投入可能。

 ロシアとベラルーシの合同軍事演習「ザーパド2021」、さらにその前の「ザーパド2017」をよく見てみると、最初の戦車軍はシナリオ上4日間でベラルーシの領土を通過してポーランドとの国境にたどり着き、ワルシャワ、スヴァルキ回廊、バルト諸国に向けて移動できる状態になっている。したがって、ここではベラルーシにそれほど依存しない。

 ベラルーシはすでに事実上ロシアの併合地であり、完全にロシアの地政学的空間であると同時に、軍事的政治的空間でもある。ルカシェンコの権力は、プーチンがベラルーシ情勢を自分の支配下に置くために都合の良いものに限定されている。

 2014年以降、ウクライナは全方位で防衛を強化している。特に「ザーパド2017」の後、ロシアがベラルーシの領土を使って空軍やミサイル部隊、特殊作戦部隊を展開することが明らかになったのを受け、それへの備えをした。

 ウクライナとベラルーシの国境地帯には、攻勢を仕掛けるための進出拠点があまりなく、地上作戦を行うにはあまり適していない。森、沼地などで、戦車の進出にはあまり向いていない。他方、ロシアにはウクライナに対して戦車砲撃を行うことが可能な場所が十分にある。ブリャンスク州のクリンツィをはじめ、それ以外にもある。第20軍は現在、必要な部隊がすべてウクライナ国境から10kmのところにあるような形で布陣している。

 そのため、ベラルーシの領土がロシアにとって重要になってくるのは、それ以外の、航空部隊、ミサイル部隊、特殊作戦部隊などを配置することである。そこを拠点に、空爆もミサイル攻撃も行え、特殊作戦部隊や偵察部隊もウクライナ全土に展開することができる。

 ウクライナにとっては周知のシナリオであり、それに備え防空部隊、破壊工作部隊、敵の破壊工作集団と戦うための領土防衛部隊を増強している。戦車が進む進路についても研究されている。

 ただ、8,000人のシラビキが派遣されたのは、これらとは関係なく、中東難民対策である。


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 先日、対EU国境難民問題にかんがみ、米国がベラルーシに対する追加制裁を導入した。人物が20人、会社・組織が12対象となり、ベラルーシカリ会社、トランスアヴィアエクスポルト、スラヴカリ、ベルテフエクスポルト、ベルアヴィアなどがリストに入った。

 しかし、こちらの記事が伝えるところによると、ベラルーシのエコノミストYa.ロマンチューク氏が、一見厳しい制裁も、ルカシェンコ政権への打撃にはほとんどなっていないと論じているということなので、以下ロマンチューク氏の論旨をまとめておく。

 ベラルーシとロシアの有力な組織間で、関係の構築が進んでおり、制裁下にある石油製品、肥料、化学品などの取引連関が整備されつつある。欧米の制裁リストに入った企業の再編が進行中だ。オフショア企業を利用したスキームが考案されている。ロシアの銀行がベラルーシに積極的に進出している。彼らは決済や金融手段を提供するだけでなく、秘密裏にベラルーシの資産の査定を進めている。

 ロシアは、ベラルーシ体制の脆弱性が急激に高まっていることを見抜いている。ベラルーシは場合によっては、ロシアのパートナーに、資源獲得の好条件を提示せざるをえなくなるだろう。その時期は、2022年と目前に迫っている。かくして、2021年に発動された制裁が即効性を発揮するという期待は裏切られた。

 確かに、ベラルーシ経済への圧力は実感されている。制裁下にあるベラルーシ企業と直接取引することを断念する欧州企業も少なくない。このような迂回策に目をつぶってくれる第三国を通じて供給を組織できるということではない。2014年以降、ロシアのノーメンクラトゥーラ・シラビキ系の商業組織は、ベラルーシのパートナーの力を借りて、制裁を回避することを学んだ。さらに、彼らは国が支援する輸入代替策で儲けている。

 2021年、蓄積された経験、確立された商品・金融チェーンを活用して、このスキームを積極的にベラルーシに適用することが始まった。このような状況では、要路にある人々が、新しい商品と金融のネットワークを担当することになる。ウラルカリ、インターロス、ノリリスクニッケル、ルクオイル、バゾヴィエレメントといった企業は、形式的には民間企業だが、いったん命令が下れば、ベラルーシとロシアの新しいスキームに参加することになる。誰もクレムリンとその高官に逆らうことはない。

 EUの多くの国に強力なロシアのロビーがあることは間違いない。オーストリア、ドイツ、フランス、イタリア、キプロス、これらは一部にすぎない。採択された制裁の適用は、増してや貿易の流れを実際に遮断する厳しい措置の採択は、コンセンサスを旨とするEUにとって難しい課題である。ベラルーシに対する制裁を議論するとき、ヨーロッパの実利派は次のように語る。「我が方のビジネスの利益を侵害することは許されない」「ベラルーシの人々の苦しみを悪化させたくない」「ベラルーシを完全にロシアに手渡してしまうのはいかがなものか」「ルカシェンコにも行動の余地を残さなければならない」「指導部が何をしでかすか分からない核保有国ロシアとの衝突は望まない」。

 ルカシェンコは、クレムリンが自分を地政学的な大きなゲームに引き込んだことを見て取っている。このゲームで、ベラルーシは明らかに焦点ではなく、脇役の一人にすぎない。ルカシェンコには、リソースも、国民の支持もない。それゆえ、彼はクレムリンのゲームに飛び込んで、もう一度そこから個人的利益を引き出そうとしている。彼が「売り物」にしているのは、西側に対する攻撃的なレトリック、EUへの難民攻撃、西側・NATOに対する横柄さ。その見返りに、ロシアから融資、債務リスケ、ロシアの国家発注への参加を取り付け、そして最も重要なことだが、ベラルーシの政治システム変更につきクレムリンが中立的な立場をとってくれることを期待しているのだ。

 ルカシェンコは、クレムリンに近い実業家を自分のプロジェクトに招き、ベラルーシにはロシアしかないことをモスクワに納得させ、ウクライナに対して統一戦線を提供する用意があることを表明して、時間稼ぎをしているのだ。そして、今のところうまく行っている。

 ベラルーシの国家予算、貿易・国際収支、為替、債務残高、賃金と預金などの最新統計から言えることは、ルカシェンカが欧米による制裁の抜け穴を最大限に利用したということである。彼は、ベラルーシ国民とクレムリンの両方に、自分は社会経済的危機と対欧米対立に対処できるということを示してみせた。2022年初めに発動される制裁が、ベラルーシ経済とルカシェンコの政治体制にさらなる問題を引き起こすことは間違いないが、ルカシェンコは2021年には短期的、戦術的な課題を解決てみせたのだ。


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 編集作業が終わったばかりの『ロシアNIS調査月報』2022年1月号の中身を、どこよりも早くご紹介。

  今号では「特集◆ソ連解体から30年の経済建設の軌跡」をお届けしています。ソ連崩壊30周年ものというのは、あちこちで色んな企画をやっているので、小誌では各国による経済建設の歩みという一点に絞りました。すべての国を個別の調査レポートとして取り上げ、しかも国ごとに違う執筆者が担当することにこだわったため、いつもの号の4倍くらいの労力がかかった感じですが、渾身の総力特集ですので、ぜひご堪能いただければ幸いです。なお、国をどういう順番で並べるか迷いましたが、結局、小誌でいつも同諸国を列挙する際の順(ロシア~西NIS~中央アジア~コーカサス)としました。紙幅の都合で、いつも掲載している連載記事や「業界トピックス」はお休みとさせていただきましたので、何卒ご了承ください。

 掲載レポートのタイトルと執筆者は以下のとおりです。

  • ソ連崩壊から今日までのロシア経済(酒井明司)
  • 人的背景から見たウクライナの政治経済の30年(岡部芳彦)
  • パラサイト国家ベラルーシの興亡(服部倫卓)
  • 転換期を迎えているモルドバ経済(吉井昌彦)
  • カザフスタンの石油・ガス牽引成長と多角化(坂口泉)
  • キルギス経済30年の歩みとクムトル金鉱の功罪(大内悠)
  • 新たなスタートを切ったウズベキスタン(中馬瑞貴)
  • トルクメニスタンの上流開発の現状とガス輸出戦略(原田大輔・四津啓)
  • タジキスタン:変わらぬ経済と南南連結への期待(堀江典生)
  • アゼルバイジャン:SOCARの歩みと資源開発(長谷直哉)
  • アルメニアのIT産業とスタートアップエコシステム(牧野寛)
  • ワインと観光の国ジョージアの次なる成長産業(谷口麻由子)
  • ソ連崩壊の瞬間に立ち会ったカメラマン(服部倫卓)
  • 沿ドニエストルの光と影(小熊宏尚)

 12月20日発行予定。


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 当ブログでは既報のとおり、ロシアとベラルーシは連合国家という統合の枠組みを作っていることになっており、それを深化させるための28項目にわたる「連合プロジェクト」というものを、先頃制定した。最終的には11月4日に連合国家の最高国家評議会という会合が開催され、そこで正式採択された。

 だが、困ったことに、現在までのところ、連合国家最高国家評議会指令「2021~2023年の連合国家創設条約の諸規定実現の基本的方向性について」が布告され、そこで28項目が正式決定したと発表されているだけであり、肝心のその指令のテキストは、まだどこにも出ていないのである。

 しかし、色々検索してみると、指令のテキストを写したニュース映像の画像は、ネット上でちらほらと見かけた。特に、ベラルーシ大統領機関紙サイトのこちらのページに出ている画像は、まあまあ読める程度の画像である。自分にとっては重要な研究分野なので、この画像から無理やりテキストを判読し、以下翻訳してみることにした。

連合国家最高国家評議会指令「2021~2023年の連合国家創設条約の諸規定実現の基本的方向性について」

 1999年12月8日付の連合国家創設条約を実現し、また連合国家構成国の法令を統一・調和化・接近させる目的で、連合国家最高国家評議会は以下のとおり決定する。

 1.付属文書にある「2021~2023年の連合国家創設条約の諸規定実現の基本的方向性」と、基本的方向性の不可分の一部である「連合プログラム」を承認する。

 2.ベラルーシ共和国政府とロシア連邦政府、またベラルーシ共和国国民銀行およびロシア連邦中央銀行は、「基本的方向性」の実現と、「連合プログラム」でうたわれている措置の実行を保証する。

 3.ベラルーシ共和国政府とロシア連邦政府、またベラルーシ共和国国民銀行およびロシア連邦中央銀行は、所定の方式で毎年第2四半期と第4四半期に、それらの実施状況に関する情報を、連合国家閣僚会議に提出する。

 4.ベラルーシ共和国政府とロシア連邦政府、またベラルーシ共和国国民銀行およびロシア連邦中央銀行は、「基本的方向性」には盛り込まれていない連合国家創設条約のその他の条項の実現のための合意された提案を、2022年12月31日までに、連合国家閣僚会議に提出する。

 5.本指令は、署名の日から発効する。

 連合国家最高国家評議会議長 A.ルカシェンコ

 以上が、ニュース映像から判読した指令の本文である。しかし、肝心の付属文書までは読めないので、やはりその具体的中身はうかがい知れない。


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