正確に言うと、この本は昨年の暮れに出てすぐに読んだので、実際には冬休みに読んだ本なのだが、当ブログで取り上げそびれていたので、「夏休みに読んだ本シリーズ」の一環として遅ればせながら取り上げる次第である。宇都宮徹壱(著)『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』 (集英社インターナショナル、2023年)である。
日本を代表するサッカーライターの一人である宇都宮さんは、サッカーの戦術的な側面を掘り下げるよりも、サッカーを取り巻く土着的な背景や歴史などを深掘りし紡いでみせる点が持ち味である。そのために膨大な取材を積み重ね、現場主義を貫く。それは、昨今流行りのウェブメディアにおけるPV至上主義や、Xでの反応を寄せ集めただけの「コタツ記事」の対極を成す。
そして、本著『異端のチェアマン』では、Jリーグの組織論という新しい領域に挑戦した。以下Amazonの紹介文を引用させていただく。
開幕から20年を経て、人気低迷と経営悪化の泥沼に陥っていたJリーグ。この最悪の時期にチェアマンを引き受けた村井満は抜本的な改革に取り組むが、そこに差別・ハラスメント問題、度重なる災害、新型コロナ禍が次々追い打ちをかける。とくに新型コロナ禍においてリーグ清算さえ覚悟したという村井が、いかに事態を打開したのか。知られざる危機への対応を、多くの証言と共にドキュメンタリータッチで描き出す。
本書は、宇都宮さんのこれまでの仕事が結実した一つの集大成であり、組織としてのJリーグ論、リーダーとしての村井満論の、決定版と言える。日本のサッカー史、スポーツ史を振り返ったりする時に、必ず参照しなければならない必読書であり、一般的な企業・組織論としても秀逸である。私も文章を書く人間の一人として、一生に一度はこんな凄い本を書いてみたいと思わされるような充実作だ。
ただ、褒めてばかりだとつまらないので(笑)、本書を読んで若干引っ掛かった点を3点挙げて、ミニツッコミをしてみたい。
第1は本としての編集方針に関して。宇都宮さんのアイデンティティの半分は写真家であるはずなのに、なぜか本書に掲載されている写真はごく少ない。人物が大勢登場するので、その人の写真が出ていればイメージが膨らむのに、なぜかそうなっていない。本書で文字のポイントが大きく読みやすいのは好印象だが、私としては文字は一回り小さくてもいいのでもっと写真を入れてほしかった。おそらく、著者本人にも葛藤があったのではないかと推察する。
第2は、DAZNに関してである。DAZNは2016年、Jリーグと2017年からの10年間、合計2,000億円に及ぶ放映権契約を結んだ。それ以前のスカパー!との契約と比べると確かにビッグディールであり、「巨額契約」ともてはやされた。本書でも、この契約を勝ち取ったことが村井チェアマンの代表的な業績として扱われている。しかし、本書脱稿後に成立した契約ではあるが、我々はもう、「大谷が10年で1,000億円」という数字を知っている。DAZNの「巨額契約」は、言ってみれば、アスリート2人分である。本書の問題点というわけではないが、大谷が10年で1,000億円という数字を知ってしまった以上、Jリーグが10年で2,000億円というのは本当に望みうる最大値なのか、その価値を上げていくためにはどうしたらいいのかというのを、我々は真剣に問い続けなければならない。
第3は、村井チェアマン退任後のJリーグという組織についてである。宇都宮さんも最近よく、現在の野々村体制のJリーグの対応振りに関し、改善の余地があるという意見を述べられている。また、村井体制を支えた人材たちが、一人また一人とJリーグ本部から去っていると聞く。ここで想起されるのは、宇都宮さんとも親しいカターレ富山の左伴社長が、本当に優れたリーダーというものは、自分なき後の体制も盤石になるようにお膳立てして去るものだというような話を述べていたことである。挑発的な言い方をすれば、自分の退任後に、Jリーグの組織が劣化してしまったとしたのなら、村井前チェアマンは本物の名君ではなかったのではないか? このあたり、ぜひ続編で論じてほしいものである。
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