ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ:音楽・映画・番組鑑賞 > 60年前のBillboard

 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 今週3位に着けているCaravelles - You Don’t Have To Be A Baby To Cryは、個人的に今まであまり認識していなかったかな。英国の女性デュオによる囁き系の爽やかな一曲で、ビートルズらによる本格的なブリティッシュインベイジョンに先駆けたヒットと言えようか。曲自体は1950年代にヒットしたもののカバーのようだ。

その頃ソ連では
1963年12月19日:ソ連がザンジバルと外交関係樹立(ザンジバルは翌年に大陸部のタンガニーカと合併してタンザニア連合共和国を樹立)。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、先日お伝えしたとおり、1963年のアメリカ年の瀬は、ケネディ大統領が暗殺される大事件が起き、打ちひしがれていた。せっかく出したフィルスペクターのクリスマスアルバムも、自粛ムードであまり売れなかったと聞いたことがある(あれが売れれば本人もあんなにひねくれなかったのに…)。

 チャートに目を転じると、趣味丸出しで申し訳ないが、個人的には23位で赤丸急上昇中、Martha & the Vandellas - Quicksandを大いに推したい。今般、以前友達にあげてしまったヴァンデラスのベスト盤を買い直したりしたものだから、個人的にもそのモードだ。「クイックサンド」って、何のことか長年知らなかったけど、流砂、そこから転じて抜けられない危険な状況のことだったのか。

その頃ソ連では
1963年12月9日:ソ連とブルガリアが遠洋漁業の技術支援に関する政府間協定調印

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週チャートのトップに立ったThe Singing Nun - Dominiqueは、文字通りベルギー出身の尼さんたちが歌うという、変わり種のヒット曲だった。ただ、その清らかな歌声に反したソラミ…(自粛)

その頃ソ連では
1963年12月1日:ウズベク共和国のウルタブラク・ガス田で天然ガス噴出事故が発生。フレアは3年間(1,064日間)燃え続け、フレアの高さは70mに達し、燃焼ガス量は1日あたり1,200万立米に及んだ。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 今週10位と、すでに下降気味なのが、Elvis Presley - Bossa Nova Baby。かつてのような圧倒的な人気にはやや陰りが見え、この曲も7位が最高だったが、今聴くとグルーブは当時のヒット曲の中で群を抜いている。この時期のエルヴィスは主演映画に精を出す加山雄三的な存在で、この曲も「アカプルコの海」という映画の劇中歌だった。

その頃ソ連では
1963年11月27日:ソ連とチェコスロバキア、1943年12月12日の友好・相互援助・戦後協力条約の延長に関する議定書に調印。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、この週の米国では、とんでもないことが起きた。11月22日に南部ダラスでJ.F.ケネディ大統領が暗殺されたものである。その週に1位だったのが、Dale & Grace - I’m Leaving It Up To Youという曲だった。一瞬、「政治的大事件とは縁遠い、何の変哲もない曲が1位だったんだな」と思いかけたのだが、こちらのサイトに、次のような興味深い記述があった。

 曲はジョン・F.・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺された時に、ビルボード・ホット100チャートで1位になった曲で、デールとグレースは殺人事件の日にダラスにいました。デュオはその夜、ディック・クラークの『キャラバン・オブ・スターズ』に出演予定で、ケネディ大統領の暗殺直前にホテル近くの見晴らしの良い場所から大統領の車列に手を振ったということです。『キャラバン・オブ・スターズ』は、暗殺当日と次の夜のオクラホマのショウもキャンセルになりました。

その頃ソ連では
1963年11月23日:レニングラードで第31回チェス大会開幕。

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 大して良い曲とも思えないSugar Shackが長らくトップに居座っていたが、ようやく順位の変動があった。April Stevens - Deep Purpleが、1位奪首に成功したものである。しかし、この曲もまた、大して印象的でもない。調べたら、自分の音楽ライブラリに入ってはいたが、まったく認識に無い曲だった。白人の兄・妹(姉・弟かもしれん)デュオが、古い曲をリバイバルさせてヒットしたものらしい。

その頃ソ連では
1963年11月16日:ソ連で人工衛星コスモス22号が打ち上げられる。

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 さて、今週のチャートを眺めると、カーティ・メイフィールド率いるシカゴのR&Bグループ、Impressions - It’s All Right が4位に着けている。もちろん、曲としては以前から親しんできたが、そんな大ヒット曲とは認識していなかった。インプレッションズでポップチャートのベスト5以内に入ったのは、これが唯一だったようだ。

その頃ソ連では
1963年11月11日:ソ連で人工衛星コスモス21号が打ち上げられる。

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 今週72位でチャートを上昇中なのが、Marvin Gaye - Can I Get A Witness である。今聴くと、割とよくあるゴスペルのパターンを踏襲した曲ではあるのだが、それを洗練されたポップチューンに仕上げるところは、さすがHDHという気がする。

その頃ソ連では
1963年11月1日:ソ連が宇宙で操縦可能な初の人工衛星パリョート1号を打ち上げ。

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 さて、男2人・女1人のトリオ「ピーター・ポール&マリー」は、当時の反戦および公民権運動の流れに乗り、ヒットを連発していた。今週9位のPeter Paul & Mary - Don’t Think Twice It’s All Rightは、「くよくよするなよ」の邦題で知られるボブ・ディラン作品。このPPMのシングルバージョンは、最初のLP版にあった長いギターイントロをカットしたものらしい。

その頃ソ連では
1963年10月24日:ドイツ占領時代に数千人のソ連人を死亡させた罪で有罪判決を受けたゾンダーコマンド10-Aの9人の幹部に対する公開裁判がクラスノダルで終了。被告は全員死刑を宣告された。

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 さて、今週17位に位置しているThe Village Stompers - Washington Squareは、日本では「ワシントン広場の夜は更けて」の邦題でお馴染み。ボーカルバージョンも知られているが、このEpic 9617はインストバージョンだったようだ。おそらくこの曲がヒットしたためと思われるが、日本の洋楽界ではこのあと二匹目のドジョウを狙って、「モスコーの夜は更けて」など、世界のあちこちの夜を更けさせることになる(もしかしたら順番が逆かな? 分からん)。

その頃ソ連では
1963年10月18日:ソ連がコスモス20号(偵察衛星ゼニト2)打ち上げ。

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 さて、アメリカンオールディーズの七不思議と言おうか、歴史的金字塔とも言うべきRonettes - Be My Babyは、ビルボードでは1位になれなかった。この週の2位がピークである(キャッシュボックスでは1位になったが)。それを阻んだのは、Jimmy Gilmer & The Fireballs - Sugar Shackというさして印象的でもない曲であり、よほど気前良く賄賂でもはずんだのだろうか???

その頃ソ連では
1963年10月17日:ソ連とアフガニスタン、アフガン北部における天然ガス採掘支援に関する協定調印。

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 さて、まだチャート上昇途上ではあるが、今週16位に着けているのが、Roy Orbison - Mean Woman Bluesである。この曲を演ったのはロイ・オビソンが初めてというわけではなく、エルヴィスが世に出しジェリー・リー・ルイスも取り上げてはいた。まあ、ただ、ロイのバージョンは、別の曲と言っていいほど、雰囲気はだいぶ異なる。

その頃ソ連では
1963年10月5日:1963年10月8日:ソ連を踏襲し、白ロシア・ソビエト社会主義共和国も部分的核実験禁止条約を調印。

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 さて、この週の27位がチャートのピークではあったが、Ruby & the Romantics - Hey There Lonely Boyは、隠れた人気曲ではないか。1969年にEddie Holman が Hey There Lonely Girl としてカバーしたバージョンはさらに大ヒットし、それを山下達郎がライブで取り上げることにもなる。

その頃ソ連では
1963年9月30日:アルジェリアの指導者ウアリ・ブーメディアンが訪ソ。9,000万ルーブルの融資を供与。

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 いやはや、超名曲が来ましたね。今週1位は、Bobby Vinton - Blue Velvet以前もボビーのBlue On Blueを取り上げたけど、Blueシリーズというべきか、立て続けに青色の大ヒットを放った。なお、Blue Velvet自体は1950年代初頭から歌われているスタンダードで、トニー・ベネットが歌ったのが最初だったのかな。

その頃ソ連では
1963年9月7日:ロシア正教会の宗教作家、ニーコン(ヴォロビヨフ)が逝去。

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 さて、Beach Boys - Surfer Girlは、この週の7位がピークだったようだ。ビーチボーイズが来日コンサートをやった時に、ライブでも聴いたことがあるが、幕張の夏空に溶けていくような響きが心地よかった。

 なお、B面はLittle Deuce Coupeという、これまた大名曲。「AB面で世界最強の組み合わせを一枚挙げよ」と問われたら、このCapitol 5009を挙げる人はかなりいるのではないか。

その頃ソ連では
1963年9月19日:ソ連最高会議幹部会の決定により、カザフ共和国の400万ヘクタールの土地をウズベク共和国に割譲。

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 さて、今週はGordyレーベル(要するにモータウン)が初期に放ったヒット曲、HDHチームにとっても大出世作となったMartha & the Vandellas - Heat Waveを聴いてみよう。個人的にも、人生を変えられた一曲と言って過言でないのだが(まだ生まれおらず、聴くことになるのは20余年後)、その割にはこの曲のオリジナルシングル45は持っていない。上掲のYouTubeはオリジナル盤からの板起しのはずである。後のベストCDに収録される音源は、やたらとエコーが深かったりして改変されている印象なのだが、個人的にはこのオリジナルの響きが好きだ。なお、この曲の正式タイトルは、 (Love Is Like A) Heat Waveというはずなのだが、レコードの盤面にも、ビルボードの誌面上も、それが見当たらず、いつから(Love Is Like A) の部分は加わったのだろうか?

その頃ソ連では
1963年8月30日:「ホットライン」の電話機が米ホワイトハウスのオーバルオフィスとソ連のクレムリンの双方に設置される。

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 さて、今週見事1位に輝いたのは、白人少女3人組、Angels - My Boyfriend’s Backである。オールディーズファンならどなたでも好きであろうというこの曲。しかしアメリカの時代も変わり目で、サウンド的にも内容的にも、こういう無垢な曲はそろそろ最後かな。今回初めて聴いたが、B面は (Love me) Nowという曲らしい。

その頃ソ連では
1963年8月20日:ソ連とヨルダンが外交関係樹立。

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 さて、アメリカでは公民権運動とベトナム戦争が重なり、ポピュラー音楽の世界も、このあたりから急激に政治色を帯びてくるわけである。1963年8月28日には、ワシントン大行進が行われ、キング牧師が有名な「私には夢がある」演説を行うことになる。そんな時代背景の中、ちょっと取り上げるタイミングを逸してしまい、チャート上はもう下降線だが、今週6位に位置しているのが、Peter Paul & Mary - Blowin’ In The Windだった。まだスターになる前のボブ・ディランが、“No More Auction Block”という黒人霊歌に独自の詩を付けたものだった。

その頃ソ連では
1963年8月10日:これ以降、ソ連とダホメ王国(後のベナン共和国)の外交関係は、在トーゴ・ソ連大使館が担うこととなる。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 あれ、今号から、ビルボードのフォント変わった? 横広の文字になったね。しかし、分厚い本が1960年代の半ばに差し掛かり、ますますコピーしにくくなって、端の方が不鮮明になりがちな点、ご容赦を。

 さて、今週23位に位置しているのが、Gene Pitney - True Love Never Runs Smoothという佳曲である。これもDavid-Bacharachが残した数ある名曲の一つ。Petula Clarkのカバーの方を推す声もチラホラ。

その頃ソ連では
1963年8月9日:休暇中だったソ連の最高指導者フルシチョフ、核兵器禁止条約に署名するためにモスクワを訪れていたラスク米国務長官と別荘で会談。

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 さて、この週のチャートを見ると、私にとっての本筋と言えるタムラ・モータウンから、リトル・スティーヴィー・ワンダーのFingertips (Part II)が1位に輝いている。まあ、しかし、大ヒットの割には、現代の価値基準からすると、それほど何度も聴きたいと思う曲でもない。それよりは、むしろ54位のDarlene Love - Wait Til’ My Bobby Gets Homeの溌剌とした魅力に、強く惹かれる。種明かしをすれば、この曲は26位までしか上がらないので、もう取り上げてしまおう。

その頃ソ連では
1963年8月5日:米英ソが部分的核実験禁止条約を結び地上での実験が禁止に。

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 今週1位に輝いたのが、Tymes - So Much In Love。いかにもアメリカン・オールディーズ然としたコーラス曲。日本では、山下達郎さんが一人アカペラでカバーしたことで有名だろう。ただ、前から思っていたのだが、カメオ・パークウェイというレーベルは、意図的に、こういうノスタルジックな作品を送り出していたような印象がある。1963年というと、もうドゥーワップは下火で、ビートルズら英国勢に席巻される前夜だったわけだが、古き良きアメリカン・オールディーズが最後の輝きを放った一曲がこれだったと、そんな感じがする。

その頃ソ連では
1963年7月29日:ソ連が旅客機「ツポレフ134」の初飛行を敢行。

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 さて、チャートアクション的には、これからもっと上がるのだが、今週29位のRandy & the Rainbows - Deniseは、オールディーズファンには人気の高い一曲だろう。それにしても、Rust Recordsって、何で「錆」なんて名前付けた?

その頃ソ連では
1963年7月24-26日:モスクワでコメコン加盟国共産党・労働党第一書記および首相会議。

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 今週、ついに1位に上り詰めたのが、Jan & Dean - Surf Cityである。ジャン&ディーンというと、ビーチボーイズの弟分というようなイメージが強いが、この時点ではまだBBにNo.1ソングはなく(サーフィンUSAも3位止まり)、BBより先に全米1位を獲得したというのは、少々意外である。

その頃ソ連では
1963年7月9日:ソ連政府がシリアに対しイラク領内のクルド人に対する軍事行動に関与しないよう警告。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、今週20位で赤丸上昇中なのが、Doris Troy - Just One Lookという超有名曲。B面はBossa Nova Blues。蛇足ながら、ドリスに限らず、いつの日かComplete Atlantic Singlesみたいなものが出てほしいものである。

その頃ソ連では
1963年7月2日:ウクライナ共和国共産党でP.シェレストが第一書記に選出される。前第一書記のM.ピドホルヌィはソ連共産党の書記に昇進。

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 さて、今週1位のEssex - Easier Said Than Doneは、はっきり言って認識していない曲だった。何でも、リードボーカルのアニタ・ヒュームズとその他のメンバーは全員、この曲を録音した時、現役の海兵隊員だったらしい。

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その頃ソ連では
1963年6月26日:後に石油王となるミハイル・ホドルコフスキーがモスクワで生誕。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。今週はとりわけ画像が不鮮明だけど、原本の問題なので、悪しからず。

 さて、チャートの中位あたりを眺めていたら、Little Eva - Old Smokey Locomotionというのが目に留まった。明らかに、本人による前年のNo.1ヒット「ロコモーション」の2匹目のドジョウを狙ったものであり、作詞作曲も同じゴフィン&キングだったが、チャートアクションは今週の48位が最高だった。本人によるこういう続編的な曲があるというのは、初めて知ったな。

その頃ソ連では
1963年6月20日:米ソ間でホットライン開設に関する覚書が署名される。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、飛び切りの名曲がいた。今週5位で、最終的には3位まで上がるのが、Bobby Vinton - Blue On Blueである。これも先日亡くなったバート・バカラック作品で、信じられないようなメロディーである。ボビー・ヴィントンの歌唱の味わいが、これがまた。

その頃ソ連では
1963年6月16~19日:V.テレシコワが女性として人類初の宇宙飛行。

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 ロシア・ウクライナ情勢が大変だが、毎週土曜日の息抜き企画を今日もお届けする。60年前のアメリカ・ヒットチャートを振り返るシリーズ。

 さて、ついにこの日がやって来た。キュー・サカモトのSUKIYAKIによる全米制覇である。確か、以前観たNHKのドキュメンタリー番組によると、西海岸の某DJがこの曲に注目し、じわじわと火が付いて大ヒットに繋がったというような話だったと思う。日本人アーティストによる初めての、そして今のところ唯一の(確かそうだよね?)、全米ナンバーワンであった。

その頃ソ連では
1963年6月14日~7月14日:ソ連と中国の共産党が書面で激しいイデオロギー論争を交わし合う。

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 さて、結局1位にはなれず、今週の3位がピークだったが、Crystals - Da Doo Ron Ron (When He Walked Me Home) は、アメリカンオールディーズ、ガールグループもののアンセム的な位置付けの名作であろう。鬼才フィル・スペクターの怨念が爆発したような曲だ。個人的には、こういうパワーのあるガールグループサウンドと、モータウンサウンドとの連続性を感じるのだが(サックスの間奏とか特にそう)、どうだろうか。

その頃ソ連では
1963年6月4日:キューバでの農業技術者養成センター開設を支援するためのソ連・キューバ間の協定。

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 さて、チャートの下の方を見ると、オーティス・レディングのスタックスからのデビュー曲(だよね?)、Otis Redding - These Arms Of Mineが85位に着けている。前年秋に発売されてから、半年以上をかけてようやくトップ100にたどり着いたが、ポップチャートではこの85位が最高だったようだ(R&Bチャートでは20位まで上昇)。ソウル史上最大の偉人とされるが、個人的にはこの曲が一番好きである。それにしても、キュー・サカモトとオーティスのデビュー曲を同じチャート上で眺めるのは、不思議な気分である。

その頃ソ連では
1963年5月:ベラルーシ共和国のミンスク・エンジン工場が生産を開始。

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