ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 服部倫卓ブログ

ロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした旧ソ連諸国の経済・政治情報をお届け

カテゴリ: 紋章

Stema_orașului_Taraclia,_Moldova

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズは、昨日のコムラトで大団円を迎えたつもりだったが、やっぱりもう1個加えたくなった。実はモルドバ南部には、ブルガリア系少数民族の住むタラクリア地区というのがあり、その中心都市のタラクリアの市章がそれである。今回のモルドバ出張で、実際に立ち寄ることもできた街なので、どうしてもこれも追加したくなったというわけである。

 ウクライナのオデーサ州南西部にはボルフラードという街があって、名前から推察されるとおり、そこもブルガリア系が多いところなのだけど(ウクライナ系ながらポロシェンコ前大統領はその街出身)、要するにウクライナ・オデーサ州南西部とモルドバ南部は隣接しており、国境をまたいでブルガリア系の人々が住んでいるということである。

 紋章の下部に記されている言葉を「モットー」というのだけれど、このタラクレアの紋章には、「ブルガリア精神は不屈」という言葉が、ブルガリア語で記されている。

 シリーズ・モルドバ紋章は、これで本当におしまい。


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Coat_of_arms_of_Comrat

 モルドバ出張から帰国しても、同国の紋章シリーズを続けていたのは、このコムラトを取り上げるまでは止めるわけにはいかなかったからだ。モルドバで(トランスニストリア=沿ドニエストルを含め)11番目に人口の多い街が、人口2.6万、このコムラトという街になる。トルコ系ながらロシア正教を信奉するというユニークな少数民族のガガウズ自治区の中心地で、今後のモルドバの国民統合にとり試金石となり、さらに言えば、新たな地政学的危機の震源地にもなりかねないので、ぜひこのコムラトまでは取り上げたかったという次第。というわけで、シリーズ・モルドバ紋章はこれにて完結。


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Coat_of_arms_of_Dubossary

 モルドバ出張からはもう帰国したが、同国の紋章を惰性で紹介し続けているシリーズ。モルドバで10番目に人口が大きいのが、2.6万のドゥボサルィということになる。再びモルドバ本土ではなくトランスニストリア(沿ドニエストル)の街であり、ドニエストルに設けられたダムと川に浮かぶ船をデザインした市章になっている。


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Orhei_Stema

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。と言っても、出張からはもう帰国したのだが、せっかくだからもうちょっと続けようかと。モルドバ第9の街、人口3.4万のオフレイの市章がこれ。オフレイは首都キシナウから北にわずか40kmほどだから、キシナウの衛星都市みたいなものか。


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Interbelic_Soroca_CoA

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバ第8の街が、人口3.8万のソロカ。モルドバ北部に位置し、ウクライナと国境を接している。ちょっと恐ろしげなデザインの市章だけど、由縁は良く分からなかった。


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Stema_Ungheni

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバ第7の都市が、人口3.8万のウンゲニ。プルート川を挟んで、ルーマニアと向き合っている。


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Cahul

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。今日はモルドバ第6の都市で、人口4.1万のカフルなのだけど、このあたりになると、個人的に紋章のデザインはもちろん、街の名前自体初めて聞いたという感じである。モルドバ国土をブーツに例えると、つま先の一番南西部にあるのがこの街であり、ルーマニアと国境を接している。


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Coat_of_Arms_of_Rîbnița

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。人口5.0万で、モルドバで5番目に大きな街が、昨日に続いてトランスニストリア(沿ドニエストル)のルィブニツァ。東欧で最大規模とされ、ロシア・ウクライナ戦争との絡みで注目されたコバスナ弾薬庫は、ルィブニツァ地区に所在。


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800px-Coat_of_arms_of_Bendery.svg

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバで4番目に人口が多いのが、9.4万のベンデルィで、再びトランスニストリア(沿ドニエストル)の街となる。


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Coat_of_Arms_of_Balti

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。さて、分離主義地域のトランスニストリアを除いた、モルドバ本土だけで見ると、首都キシナウに次ぐ第2の街が、モルドバ北部のバルツィということになる。人口14.5万。今回のモルドバ滞在中に、できれば訪問したいと思っているのだが、果たしてどうなるか。紋章はやたらと勇ましい。


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Coat_of_arms_of_Tiraspol_1847.svg

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。モルドバ諸都市の市章を、単純に人口の多い順に取り上げていこうと思うのだが、実は首都キシナウに次ぐ人口を擁するのは、分離主義地域「トランスニストリア(ロシア語では沿ドニエストル」の首都チラスポリなのである。人口は15.6万人。その市章が上掲のようなものであり、下部に描かれているのはドングリだと思うのだが、旧ソ連圏の紋章のデザインにドングリが出てくるのは、個人的に初めて見たような気がする。


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Coat_of_arms_of_Chișinău_1991.svg

 モルドバ出張中も、毎日のブログの更新が途絶えないよう、書き溜めたモルドバ紋章についての記事をお届けするシリーズ。やはり、国章の次は、首都のキシナウ(ロシア語読みではキシニョフ)を取り上げるべきだろう。キシナウは人口72.4万人。市章のデザインは、かなり国章に似ている。


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Coat_of_arms_of_Moldova.svg (1)

 私は紋章が趣味の一つなので、このブログでもかつて、日めくり紋章などという企画を手掛けていたこともあった。それで、突然ですが、私は本日からモルドバ出張に出かけるのである。出張中も、基本的には毎日ブログの更新を続けたいと思っているが、出先でバタバタすると思うので、心許ない。そこで、モルドバの紋章に関する記事を書き溜めておいて、出張中もブログの更新が途切れないようにしようと決めた。

 まずは、モルドバの国章である。国章だけあって、さすがに日本語版ウィキペディアにも解説があったので、それを引用させていただく。

 モルドバの国章には、くちばしに十字架を咥え、爪で笏とオリーブの枝を掴んだ図案化されたワラキアの鷲が描かれている。この国章は1990年11月3日に制定されたもので、国章の図案の作者によると、鷲はモルドバの国民の起源がラテン人であることを象徴している。鷲の胸は、モルダヴィアの伝統的な記章である、角の間に八芒星が配された牛の頭の図が描かれた盾で守られている。また、耳に相当する2つのひし形と、5枚の花びらの薔薇、三日月が描かれている。八芒星は太陽ではない。盾に描かれているものは全て、赤、黄色、青の3つの伝統色のいずれかで塗られている。


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