ロシアでも、新しい大統領や首相が就任した際に、初の外遊でどの国を訪れるのかというのは、注目される。ちなみに、エリツィン大統領の時代にはかなり頻繁に首相が交代したわけだが、新しい首相が就任すると、まず国家統合のパートナーであるベラルーシを訪問するというのが、当時は恒例となっていた。ただ、プーチン時代になり、その伝統は途切れてしまったが。

 時代は巡って、今般、プーチン大統領とメドヴェージェフ首相による新体制が発足。そして、プーチン大統領が初の外遊先に選んだのは、ベラルーシであった。5月31日、プーチン大統領はベラルーシの首都ミンスクを訪れ、ルカシェンコ大統領との会談などをこなしている。上述のような経緯があるだけに、個人的には少々感慨深いものがある。

 しかし、それで面白くないのが、ロシアにとってのもう一つの同盟国であるカザフスタンである。後回しにされてしまったカザフが不満を抱いているということにつき、『コメルサント』紙のこちらの記事が伝えている。

 記事によると、カザフ側はロシア・カザフ友好・協力・相互援助条約調印20周年を祝うために、5月25日にプーチン大統領がアスタナを訪問してほしいと希望し、現にモスクワで開かれたCIS非公式サミットでロシアはそれを約束していた。しかし、それは実現しなかった。トルクメニスタンのアシハバードで開かれるCIS首相会議にメドヴェージェフが向かう途中、29日にアスタナに立ち寄ったが、これはプーチンが行かないことを埋め合わせるためにロシア側がとった完全に政治的な措置だった。メドヴェージェフ首相と会談したナザルバエフ大統領は、表向きは、メドヴェージェフの大統領としての在任中に統合関係が進展した、などと述べた。しかし、純粋に政治的配慮からの訪問だったので、今回は二国間で山積している諸懸案の解決に、まったく前進は見られなかった。カザフ側のわだかまりは強く、というのも、プーチンは初の外遊先としてカザフを選ばなかっただけでなく、カザフが6番目の訪問先とされてしまったからである(ベラルーシ、フランス、ドイツ、ウズベキスタン、中国の後になる)。ライバル国のウズベキスタンの方が先というのは、カザフにとってとりわけ屈辱的である。さらに、5月22~24日にアスタナで経済フォーラムが開催され、カザフとしてはこれを「中央アジアのダボス」と位置付けているのだが、トルコあたりは首相を派遣したにもかかわらず、ロシアはS.ストルチャク財務次官、A.クレパチ経済次官という低いランクの代表しか派遣しなかった。メドヴェージェフ首相のほか、I.シュヴァロフ第一副首相、A.シルアノフ蔵相などにも招待状を送ったものの、それぞれの理由で断りが入ったという。カザフの関係者によれば、6月に北京で上海協力機構のサミットがあり、今回のアスタナの経済フォーラムはそれに向けたとえば上海協力機構開発銀行の創設といった問題で事前にロシア・カザフがすり合わせをする絶好の機会だったのに、アスタナに来たのは決定権のない人物ばかりであった。今回、メドヴェージェフ首相がアスタナを訪問し、カザフによるロシア製宇宙機器の購入停止、原子力の平和利用といった懸案につき、一応はカザフ側と協議をしたが、決定には至らなかった。おそらくは、プーチン大統領がアスタナを訪問する際に、ロスアトムのS.キリエンコ総裁およびV.ポポフキン宇宙開発庁長官も伴い、その件に関しカザフ側と合意するのだろう。カザフ側はカザフ側で、ロシア産石油のカザフへの供給に輸出関税を課す方式について、ロシアとの合意を必要としている。しかし、これまで旧ソ連空間で最も良好な二国間関係と目されていたロシア・カザフ関係で政治的に険悪なムードが広がっていることが、これらの問題の解決を難しくするかもしれない。以上のように『コメルサント』は伝えている。

ブログ・ランキングに参加していますので、
よかったら1日1回クリックをお願いします。
にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ