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 上掲地図はこちらから拝借。

 今回の戦争が始まってから、しばしば問われたのは、「ロシアはどこまで侵略の範囲を広げるのか? ウクライナだけでなく、たとえばモルドバ、ジョージア、バルト三国にも触手を伸ばす可能性はあるのか?」という問題だった。

 それに関し個人的には、プーチンがさらなる版図拡大を目論むにしても、最大で帝政ロシアの領域、もっと言えばソ連の領域に限定されるはずで、いずれにしても、ウクライナ・ベラルーシに向けている熱情に比べれば、モルドバやジョージアといった国に関しては熱量がだいぶ下がるはずだと考えていた。

 しかし、ロシアには、Аппетит приходит во время еды.ということわざがある。そんなに食欲がなくても、食べ始めると、どんどん出てくるといった意味だ。私は当初、「モルドバまで手出しするようなことはあるまい」と思っていたのだが、正直言うと、だんだん不安になってきた。

 実際、こちらの記事によれば、ロシア中央軍管区司令官代行のM.ミンネカエフ少将が今般、ロシアの軍事作戦第2弾の目標は、ドンバスのみならずウクライナ南部を完全に掌握し、さらには沿ドニエストルへの出口を得ることだと述べたということである。仮にそうなれば、その野望が沿ドニエストルだけに留まるとは思えず、「モルドバのファシストがロシア語系住民を弾圧している」などと言いがかりをつけて、モルドバ本土にまで攻撃を加える事態が、容易に想像されよう。

 私が個人的にモルドバのことを心配している理由を、整理しておく。

  • もし仮に、今後ロシア軍がオデーサ州を含むウクライナ南部一帯を制圧したら、オデーサ州のすぐ北が、もうモルドバである。
  • そして、そのモルドバの東部には、ロシア語系住民がモルドバからの分離を掲げ実質独立状態にある「沿ドニエストル共和国」があり(上の地図の赤い部分)、そこには以前からロシア軍が駐留している。
  • さらに、モルドバの南部には、ウクライナ・オデーサ州と接する形で、ガガウズ自治区がある(地図の茶色い部分)。ガガウズ人は正教会を信仰するテュルク系民族で、その独立運動こそモルドバにより抑えられてきたが、今日でもモルドバ国家への帰属意識は微妙で、それこそロシア軍を花束で歓迎しかねない。
  • モルドバは、歴史的なベッサラビア地方とほぼ重なるが、ベッサラビアは長年にわたりロシアとルーマニアが奪い合ってきた地域。今のプーチンは、ピョートル大帝やエカテリーナ2世を気どり、ロシアが露土戦争を戦って黒海沿岸に領土を拡大していた時代の歴史ロマンに浸っているフシがあり、モルドバについてもロシアの権益であってしかるべきと考えている恐れが強い。
  • そして、そのモルドバは、ウクライナ情勢の急変を受け、3月3日にEUへの加盟申請を行った。以前であれば、EU側が相手にしないところだったが、EUがウクライナ受け入れを急ぐ姿勢を示しており、場合によってはそれに合わせてモルドバの加盟も早く実現するかもしれない。となると、プーチンには「モルドバをやるなら今しかない」という焦りが生じる恐れがある。
  • それとも関連する問題として、モルドバとルーマニアの国家統一問題がある。モルドバには、特にエリートほど、民族的に同じルーマニアとの国家統合を目指す考え方があり、実はサンドゥ大統領はすでにルーマニア市民権を取得していたりもする。両国が統一したら、それこそ、プーチンにとっては「失地」回復が永遠に不可能になってしまうわけで、この面でもやはりプーチンに「今しかない」という焦りが生じる恐れがある。
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