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 個人的に、A.マカルキン氏のこちらのコラムを読んで初めて知ったのだが、1991年8月のソ連保守派クーデターの首謀者の一人、O.バクラノフ氏が、先日7月28日に亡くなったということである。そして、これにより、クーデターの際に「国家非常事態委員会」に加わった8人衆は、もうすぐ訪れるクーデター30周年を待たずして、全員が物故したということである。

 まあ、8人はクーデターの時点でそれぞれが国の要職にあり、ゆえにそれなりの年齢だったわけで、それから30年経てば、全員が亡くなるというのも、不思議なことではない。ただ、そのクーデターで一時的に政権の座を追われたM.ゴルバチョフ氏がいまだに存命ということを考えると、ある種の感慨は覚える。

 そこで改めて、国家非常事態委員会8人衆を、その生年・没年および当時の役職とともに整理してみることにしよう。

  • G.ヤナーエフ(1937-2010):ソ連副大統領
  • V.パヴロフ(1937-2003):ソ連首相
  • B.プーゴ(1937-1991):内務大臣
  • V.クリュチコフ(1924-2007):ソ連国家保安委員会(KGB)議長
  • D.ヤゾフ(1924-2020):国防大臣(ソ連邦元帥)
  • O.バクラーノフ(1932-2021):国防会議第一副議長
  • V.スタロドゥプツェフ(1931-2011):ソ連農業同盟議長
  • A.チジャコフ(1926-2019):ソ連産業・建設・運輸・通信・国家企業・企業合同協会会長

 なお、マカルキン氏の前掲のコラムは、現下ロシアの各政治勢力は、プーチン政権も、野党も、国家非常事態委員会とは政治的に相容れず、ゆえに30周年だからといって同委員会を再評価する動きは見られないと指摘している。大国ソ連への郷愁は、なくはないものの、プーチン政権の主要幹部は国家非常事態委員会とは敵対した勢力をルーツとしている。また、30年前の保守派クーデターは、法的手続きを無視した危険な事例と位置付けられているし、結局のところ現下ロシアの政治エリートは(ソ連ではなく)ロシアという枠組みを前提としている。他方、クーデターの際に、組織としての当時のソ連共産党はむしろ袖にされた経緯があり、それゆえ現在のロシア共産党も国家非常事態委員会を是認する立場にはない、ということである。


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