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 こちらのサイトで、ロシアの政治評論家のA.マカルキン氏が、ベラルーシ情勢について論評しているので、以下のとおり抄訳しておく。

 ルカシェンコは選挙に勝った。ただし、それは自らの勝利を台無しにするやり方だった。ルカシェンコを多少なりとも脅かす可能性のある候補は出馬を許されなかった。ほぼ半数の有権者が期日前投票を行い、それは当局の管理下に置かれたものだった。同時に明らかになったのは、各選管は反体制側のかつてない活発化により実際の投票率がかくも高まるということに(以前のような机上のものではなく)、準備ができていなかったということだ。80%というルカシェンコの得票率を、信じる者はほとんどいない。彼は、小都市や農村の票だけでも(そこではルカシェンコは惰性で支持されており、新たな競争的選挙をやり直すというチハノフスカヤの主張は理解されなかった)、過半数を獲得することはできたが、大都市が批判票一色になるなかで、ルカシェンコがここまで圧勝したとはとても信じがたい。

 ルカシェンコは、前門のロシア、後門の西側という状況に陥っている。ロシアにとっては選挙の公正さなどどうでもよいが、ロシア指導部はロシア・西側・中国と三股をかけようとするルカシェンコ個人への信頼を失っている。西側にとっては、選挙の公正さは大事であり、ベラルーシ指導部との関係構築に興味はあっても、80%の大勝という結果を承認するわけにはいかない。中国の場合はそのようなジレンマはなく、習近平はすでに祝電を送っているが、中国はロシアとは対立したくないのでルカシェンコに多大な実質的支援をすることはない。祝電は単に、「主権的為政者は臣民に対して何をしてもいい」という中国の原則を再確認したものにすぎない。

 ベラルーシ問題におけるロシアのボトルネックは、ソフトパワーの不足である。ソフトパワーは、人為的に作れるものではない。ロシアがベラルーシ社会にアピールできるものはあるか? かつて存在した超大国の記憶か? いや、それは旧世代に訴求するものであり、その世代はルカシェンコに投票している(ルカシェンコはそのテーマをすでに1990年代に我が物としてしまった)。エネルギー供給か? いや、それは愉快なものではなく、むしろ依存の証と受け取られ、代替供給源の模索へと繋がる。大祖国戦争の共通の歴史か? いや、ベラルーシではすべての社会層において「もう二度とあの戦争だけは」というソ連的な価値観が染み付いており、ロシア的な「また戦ってもいい」という考えは強い反発を招く。こうした中で、ルカシェンコがより正常な人物に取って代わられると(増してや野党が勝利すると)、ベラルーシがロシアからより一層離れ、政治・文化的に西側と接近してしまう可能性がある。ベラルーシと西側は隣り合っており、ミンスクとヴィルニュスは200kmしか離れていないのだ。


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