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 ロシア・ベラルーシ間では、1999年12月8日に結ばれた「連合国家創設条約」から20年が経つのを記念して、先日12月8日に統合を深化させるための新たな「工程表」に調印するということが、1年前から予定されていた。しかし、現実には両国の隔たりは埋まらず、12月8日の調印にこぎ着けることができなかった。一連の経緯につき、ベラルーシの専門家V.カルバレヴィチ氏によるこちらこちらのコラムにもとづきながら、以下のとおりまとめておく。

 過去1年間、ロシアとベラルーシの両国は、統合を深化させるための31項目にわたる「工程表」に調印すべく、交渉を重ねてきた。調印に設定された12月8日は、1991年にソ連解体を決めたベロヴェージ協定が結ばれた日だというニュアンスもある。

 しかし、期限となる12月8日が近付くにつれ、状況は混沌とし、11月28日にはロシア『コメルサント』紙が「共同石油・ガス市場、税制の統一をめぐって暗礁に乗り上げている」旨報じた。また、12月8日にプーチン・ルカシェンコ両大統領が首脳会談を開くという日程自体、不透明となっていった。

 対立点の一つが、ロシアがベラルーシに供給する天然ガスの価格である。これに関しては、ロシアがウクライナ領を経由して欧州に輸出するトランジット契約の延長問題がこじれている背景があり、代替の輸送路としてのベラルーシの重要度が高まるので、それがベラルーシにとって価格交渉上有利に働くという面もある。

 結局、12月8日の首脳会談は開催されず、「大山鳴動して鼠一匹」という結果となった。工程表の大部分では合意しており、残り3~4項目を首脳会談に委ねるとされていたが、不首尾に終わった。そもそも、8日の代わりに、両首脳は7日に首脳会談を行い、このことだけでも連合国家創設条約20周年という祝賀的な意味合いは失われた。しかも、20年前にはクレムリンで条約に調印したのに対し、今回はプーチンのソチでの別荘が選ばれ、これによりロシア側は今回の会談を通常の交渉へと格下げした。

 会談冒頭、マスコミの前で、ルカシェンコ側は、ベラルーシが重視するのは「平等な経済活動条件」、つまり、ロシアがベラルーシにロシア国内価格でエネルギーを供給することだと述べた。それに対しプーチンは、必要なのは統合であり、それによりベラルーシは恩恵を得るだろうと指摘した。

 会談は全体で5時間半に及んだ。最初の2時間は随行員を交えて会談し、昼食時には一対一、その後再び随行員を交えた会談となった。会談終了後、記者会見が行われなかったことを考えると、何も合意できなかったのだろう。

 ただ、20周年ということを考えると、たとえ工程表のすべてに合意できなくても、合意できた分だけでも、華々しく調印してもよさそうなものである。そうなれば、時間はかかるかもしれないが、統合は進展しているという体裁を取り繕うことができる。それすらも行われなかったということは、いかに両国の立場が隔たっていたか、推測できる。

 ソチ会談の前には、両国の専門家らは、何だかんだで妥協するのではないかと見ていた。つまり、ベラルーシがすべてではないにせよ何らかの文書に署名し、ロシア側がガスの優遇価格といった何らかの報奨を与えるというものである。しかし、どうやらロシアは、オールorナッシングの立場を貫いたようだ。31項目の工程表すべてを受け入れれば経済支援を再開するが、そうでなければベラルーシは自力でやれということである。つまり、1年前にメドヴェージェフ首相が表明した立場を貫徹したということである。ベラルーシは、「結局ロシアは以前のように助けてくれるのではないか」と高を括っていたが、今回ばかりは違った。

 12月20日に両大統領がサンクトペテルブルグで再会するということだけは決まった。つまり、交渉が続いているという表向きを取り繕うということだけは、合意したということである。


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