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 当ブログでは何の情報も発信できなかったが、今年7月、ベラルーシのルカシェンコ政権が成立から四半世紀の節目を迎えた。遅れ馳せながら、ベラルーシを代表する政治評論家のV.カルバレヴィチ氏が、こちらのサイトで発表したコラムの要点を、以下のとおり整理しておく。

 国営マスコミはルカシェンコをベラルーシ国家性の父であるかのように描くが、25周年の記念とばかりに、ロシアはベラルーシ国家性の解消についての交渉を申し入れた。「連合国家創設条約」の実施は、ベラルーシの主権が形式だけのものになることを意味する。交渉が具体的な成果を生むとは思えないが、ベラルーシ指導部がそのような交渉に応じざるをえないという事実が重大なのである。

 もしもルカシェンコに判断能力があったのなら2010年代の半ばあたりで退任したはずで、そうすれば国民の間にプラスのイメージとして残るチャンスがあった。ベラルーシ社会モデルが2010年代に危機に突入しただけに、その前にルカシェンコが辞めていたら、国民が「ルカシェンコ時代は安定期だった」と受け止めてくれる可能性があった。しかるに、ルカシェンコはその機会を逸した。

 皮肉にも、ルカシェンコは1990年代の社会的要請に応えることで、その人質となり、結局は国を袋小路に陥れ、彼自身が国民的支持を失った。今日では、ベラルーシ国民がすでにその指導者を追い越している。多数派の国民はそれを実感し、希望を見出せずにおり、その表れが多数の労働移民である。大統領は発展、変化のブレーキになってしまった。実はルカシェンコ自身、自分の人気がなくなったことを自覚しており、その点についての幻想はない。

 もはや、ルカシェンコは別の時代の記念碑、博物館における停滞の時代の展示物のように見える。彼が政権の座にいればその分だけ、国民にとっての歴史的な時間が失われる。ルカシェンコが長く君臨すればするほど、大衆および子孫たちの記憶の中で、彼の肯定的なイメージが損なわれる。


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