357

 ロシアでは近くモスクワ市の市長選があり、一連の野党系候補が立候補を受け付けられず、これに反対する大規模デモが発生しているようだ。昨日は、デモ参加者1000人程度が当局に拘束される事態になったと伝えられる。

 我々日本人の発想では、野党のデモが起きたとは言っても、プーチン体制の屋台骨が揺らぐような事態ではないので、なぜこれほどムキになって弾圧しようとするのか、不思議な感じがする。しかし、それにはロシアの政治文化に起因する特有の原因があるようだ。ロシアの政治学者のA.マカルキン氏がこちらのサイトで語っていることを、以下要約しておく。

 ロシア政治で決定を下す際の問題は、弱く見えることを常に恐れていることである。ソ連時代には、「妥協」はあからさまな政敵よりも悪い言葉だった。何かをやり過ぎて失敗しても、「男らしい。今度からは少し気を付けるように」で済まされるが、やり方が手ぬるいと、臆病、不誠実と受け取られてしまう風潮が染み付いている。

 そして、今日ではそれに「ペレストロイカのトラウマ」が加わっている。つまり、ゴルバチョフは譲歩したから失敗した、と。そこから、天安門事件の中国のように振る舞えば、すべて上手く行くという発想に繋がっている。ソ連と中国では状況がまったく異なったとか、石油で潤ったブレジネフ時代に改革を怠ったことがその後災厄をもたらしたといったことは考慮されず、「妥協はしない」ことが正義とされる。

 現政権がモスクワ市の野党候補に対してとっている容赦ない姿勢も、そこから由来している。ただ、問題は、それが進行しているモスクワ市では、活発な市民はグローバル世界に生きており、彼らにとってはそうした思考はまったくのアナクロであることだ。他方、活発でない市民はそうした思考に慣れており、最近はあまりテレビを観ず、彼らが怒っているのは物価の値上がりや年金年齢の引き上げについてである。それゆえに、野党は弾圧にもかかわらず活動を続けるが、それが社会に広範な反響を呼び起こすことはないということになるわけだ。


ブログランキングに参加しています
1日1回クリックをお願いします
にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ