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 すでに申し上げたように、現在私は、ロシア極東アムール州の州都ブラゴヴェシチェンスクに来ている。それで、アムール州と言えば、最近、同州のアレクサンドル・コズロフ知事が、連邦政府の極東発展相に抜擢されたということが話題になっている。ホテルのロビーに置いてあった『アムールスカヤ・プラウダ』紙の5月24日号に関連記事が出ていて、せっかくなのでそれを要約してみることにする。

 アムール州というのはかなり頻繁に知事が代わるところで、ソ連解体直後のA.クリフチェンコ知事を振り出しに、コズロフ知事は10人目の知事だった。前任のコジェミャコ知事がサハリン州知事に転身したことを受け、2015年3月にコズロフが知事代行に任命され数ヵ月後に実施された選挙で50.6%を得票し正式に知事に就任した。就任当時34歳で、ロシアで最も若い知事となった。知事の座に就いたコズロフはいくつかの新機軸を打ち出し、役人たちがインスタグラム経由で州民の苦情を受け付けそれに対処することを命じたり、自らが他の行政府幹部とともにバスに乗って各都市や地区を訪問する「オープンガバメント」と称する試みを打ち出したりした。コズロフ知事の時代に、新たな宇宙基地からの打ち上げが始まり、アムール川を越えて中ロを結ぶ橋の建設が始まった。ホッケー好きの知事のお陰で、新しいスケート場(複数)ができ、アムール川を挟んだ中ロの交流戦が始まった。なお、新しい知事を選出する選挙は、9月9日の統一地方選挙に合わせて行われる予定。

 A.アノヒン(誰?)は、次のように指摘する。コズロフは、完全にノンポリの人間だ。各党の代表と対立することもあるが、超越的な立場のプラグマティストである。1990年代のアムール州は問題山積で、モスクワに資金を乞うことしかできなかった。状況が変わったのが2008年にコジェミャコ知事が登場したあたりで、特定のプロジェクトに対して資金を要求するようになった。まさにコジェミャコ知事の時代に農業機械が更新されるようになり、幼稚園や学校の問題が解決された。コズロフは前任者のやり方をさらに進め、彼のモスクワとの交渉は、「我々はこれをやる。それを貴方たちの資金で」というものだった。その結果、老朽化した住宅からの移住、スヴォボドヌィ市の近代化、最新のスポーツ施設などが実現した。コズロフは歴代の知事の中で初めて、極東およびアムール州をロシア全体の一部と捉えた人物だった。彼は連邦省庁に出向き、「我々の問題は、貴方たちの問題でもあるのだ」と説いて回るようなタイプだった。その意味で、極東発展大臣になっても、やることは変わらず、変わることと言えば権力中枢に近くなることだけだ。

 


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