プーチンは大統領選挙に向けて、第1弾の総論編(2012年1月16日付『イズベスチヤ』紙)から、第7弾の外交編(2月27日付『モスクワ・ニュース』紙)まで、結局7本の論文を主要新聞紙上で発表した。このうち私の中心的な研究分野である経済問題に関する論文は1月30日付『ヴェードモスチ』紙に載った「我々の経済的課題について」であり、私も途中まで要旨をまとめようと試みたりしたものの、中途半端なまま終わってしまった。

 そうしたなか、こちらのサイトで、セルゲイ・スミルノフという専門家が、プーチンの経済論文の問題点を改めて論じているので、以下でその要旨をまとめておきたい。

 選挙公約を分析することほど虚しい作業はないが、プーチンの経済プログラムをざっと眺めただけでも、そこにはあらゆることが書かれており、だれもがそこに自分の関心事を見出すことができるだろう。

 問題は、第1に、ここに掲げられている様々な目標は、相互に矛盾するか、1つの目標を達成することが別の問題を生み出すということである。たとえば、年金を引き上げはその収支を悪化させ、産業政策の基盤となるとされている国家コーポレーションは腐敗の温床となり、大都市圏の拡大は農村地域を荒廃させ、世界レベルの大学の創設は頭脳流出を招く、といった具合である。プーチンの経済論文には、これらの矛盾に関する分析が一切ない。

 第2に、 目的を達成するうえできわめて疑わしい手段が提案されており、しばしば具体論がなく、ただ単に「~しなければならない」とうたわれていること。2020年までに労働生産性を2倍に、キーセクターでは3~4倍に「しなければならない」といった具合である。

 第3に、プーチンのビジョンのいくつかは論理的に無理がある。農業セクターは経済を競争的な環境に保持し、中小企業を形成するうえで鍵となる要素であるといった主張は、まったく時代にそぐわない。国家コーポレーションによってロシア経済の競争が損なわれているというのなら分かるが、プーチンはそれを否定している。また、プーチンは、ロシアが少なくともいくつかのセクターにおいては絶えず更新される先端技術の支配者となり、もって一方的な技術依存を克服したいとしている。しかし、たとえば先進諸国の自動車メーカーが先端技術を支配するということはあるにしても、国が技術を支配するなどということは的外れな議論である。

 第4に、プーチン論文では、単純ではあるが、それ抜きにしては経済戦略などそもそも語れない、最も肝心な2つの問題への回答が示されていない。一つには、国内生産を発達させるうえで、国内・国外、いかなる市場をターゲットにするのかという点であり、経済成長モデル全体の選択はこれに密接にかかわってくるのである。もう一つには、資源依存型経済を克服するために、どのような措置を講じていくのかという点である。ロシア経済はリカルドの比較生産費の法則に則って資源部門に傾斜しているのであり、それを克服するということは経済の法則に抗うということであって、単に「しなければならない」「他に選択肢はない」などとばかり言うのは、何も変えないのと同じである。

 第5に、この1ヵ月間、プーチンはより過激なことを提案しているのに、それらのことがこの論文には書かれていない。とりわけ、オリガルヒたちが過去の不公正な民営化で得た資産に対し国庫に納付金を納めるとか、年金受給年齢を引き上げる必要はないとか、増税論議(論文では贅沢税に言及しているが、政府部内では企業活動にかかわる増税が議論されている)といったことが、論文では語られていない。論文ではビジネス環境の改善が再三語られているが、今の雲行きからすると、突然税負担が引き上げられビジネス環境が急変してしまうようなことになりそうで、まったく矛盾している。

 第6に、論文で多数挙げられている数字は、まったくの宣伝目的のものにすぎない。たとえば、GDPに占めるハイテク・情報分野の比率を2020年までに1.5倍にし、ロシアのハイテク輸出を2倍にするとうたっており、一見素晴らしいが、2011年の鉱工業およびGDPに占めるハイテク部門の比率は0.9%で、輸出では1.22%にすぎない。それを1.35%と2.44%に伸ばしたとしても、これはまだ石油ブームが始まったばかりの2000年代初頭の水準に戻るにすぎず、何の意味もない。

 結局のところ、選挙向けの宣伝という皮をむけば、プーチンの経済哲学の本質は、次のようにまとめることができる。①国家は経済過程に決定的な役割を果たすべき。②国家政策の実施手段は国家企業であり、国家企業は今後世界レベルで競争力のある存在になる。③「手動統治」の手法をますます広範に活用する。それは、もともと体制そのものに矛盾があり、それが表面化するために、「偉大な指導者」による解決が必要とされるから。④ビジネス界は、そこから常に何かをむしり取るための存在、という程度。ビジネス環境の改善という掛け声は、上辺だけ。⑤年金と賃金は、労働生産性の上昇といった前提条件がなくても、体制の安定のために必要なので、引き上げる。⑥均衡財政は、経済というよりも、政治的な要請(対外借入を行うと主権を喪失する恐れがある)。

 これらの特徴を総合すると、ロシアは石油価格の囚人という結論になる。ロシアは、歳出が経済の効率の上昇ではなく、必要性に応じて拡大していっているという意味で、ギリシャがたどってきた状況に近い。違いと言えば、ギリシャが対外借入でそれを賄ったのに対し、ロシアは石油収入で賄っているという点であるが、もしもその流入が止まれば状況は大同小異となる。